量的緩和は為替に影響するか?

量的緩和の円安効果を見積もったシティの推計を紹介した6日エントリに対し、なぜシティは日本の量的緩和を用いた推計を行わなかったのだろうか、という趣旨のコメントを頂いた。そもそもそういう推計に援用できるような日銀に関する実証研究があるのか、とぐぐってみたところ、植田和男氏の論文「非伝統的金融政策の有効性:日本銀行の経験」(英文版:「「The Effectiveness of Non-traditional Monetary Policy Measures: The Case of the Bank of Japan」)が見つかった。しかしそこでは、「日銀の政策は為替レートには大きな影響を持たなかった」と結論付けている。また、同論文を引用したPelin BerkmenのIMF論文「Bank of Japan’s Quantitative and Credit Easing: Are They Now More Effective?」でも同様の結論が導かれている。従って、仮にシティのNathan SheetsとRobert Sockinがこれらの実証研究の存在を知っていたとしても、自分たちの見積もりには使えない、と判断したのかもしれない。


それに対し、彼らが実際に援用したセントルイス連銀のChristopher J. Neelyの論文「The Large-Scale Asset Purchases Had Large International Effects」では、米国の量的緩和策の為替への影響を実際に観測している。以下はその要旨。

This paper evaluates the effect of the Federal Reserve’s large scale asset purchases (LSAP) on international long bond yields and exchange rates and then considers whether the observed behavior is consistent with a simple portfolio balance model and previous estimates of the impact of equivalent federal funds stimulus on exchange rates. The LSAP announcements substantially reduced international long-term bond yields and the spot value of the dollar. These changes closely followed announcement times and were very unlikely to have occurred by chance. The jump depreciations of the USD are consistent with estimates of the impacts of previous equivalent monetary policy shocks. The portfolio choice model explains the changes in expected U.S. and foreign real bond yields very well, conditional on the observed exchange rate jumps. The LSAP announcements do not appear to have reduced yields by reducing expectations of real growth. The LSAP’s ability to reduce international long-term interest rates and the value of the dollar shows that central banks are not toothless when short rates hit the zero bound.
(拙訳)
本論文では、FRBの大規模資産購入計画が各国の長期債利回りや為替レートに与えた影響を推計し、そこで観測された事実が、単純なポートフォリオバランスモデルや、FF金利の同様の変更が為替レートに与えた影響に関する過去の推計値と整合的かどうかについて考察する。大規模資産購入計画のアナウンスは、各国の長期債利回りやドルの直物相場を大きく下げた。そうした変化はアナウンスの直後に発生しており、偶然発生した可能性は極めて低い。ドルの一足飛びの減価は、過去の同様の金融政策ショックの影響に関する推計値と整合的である。ポートフォリオ選択モデルは、観測された為替レートの一足飛びの変化を所与とすれば、米国および外国の期待実質債券利回りの変化を非常に良く説明している。大規模資産購入計画のアナウンスが利回りを低下させたのは、実質期待成長率を低下させたためではなさそうである。大規模資産購入計画が各国の長期金利とドルの価値を下げる能力は、短期金利がゼロ下限に達しても中央銀行が無力とはならないことを示している。


下表は論文の表1と表4からの抜粋で、量的緩和方向のアナウンスメント効果を為替レートの1日の変化率(%)で示している(対象為替相場は、円/ドル、および5つの為替[オーストラリアドルカナダドル、ユーロ、日本円、英ポンドの対ドルレート]の平均)*1。括弧内の「p値」は、2007年7月から2010年1月までの期間で、イベントを挟んだn日の変化率よりも大きなn日変化率が発生した割合(nはランダムに選択)。

日付 内容 円/ドル 平均
11/25/2008 最初の大規模資産購入計画のアナウンスメント -1.57 -1.18
 GSE1000億とMBS5000億購入を発表 (0.06) (0.06)
12/1/2008 バーナンキ講演 -2.49 1.11
 長期債購入に言及 (0.01) (0.07)
12/16/2008 FOMC声明 -2.18 -2.86
 長期債購入に言及 (0.02) (0.00)
1/28/2009 FOMC声明 1.43 0.08
 GSEMBSの購入拡大と長期債購入の用意がある (0.09) (0.88)
3/18/2009 FOMC声明 -2.41 -2.40
 MBSを7500億、GSEを1000億、長期債を3000億追加購入 (0.02) (0.00)
合計 -7.23 -5.25
(0.00) (0.00)


この結果と冒頭に紹介した日銀についての研究を考え合わせると、円ドル相場への影響については日銀よりもFRBのアナウンスメント効果の方が有効、という見方もできそうである。ただ、その原因が(例えば昨年4/27の金融政策決定会合についてここで指摘されているように)従来の日銀のアナウンスが下手なだけだったとすれば、今後はまた話が違ってくるかもしれない。

*1:他にも緩和をスローダウンさせるアナウンスメント効果や、調節のアナウンスメント効果についいても元の表では記載しているが、いずれも有意でなかったり、円ドルと5通貨平均が逆方向に動いていたりする。