インフレ目標は需要不足による不況を防げない?

という点についてNick Roweが考察している。

従来、彼はインフレ目標で需要不足による不況が防げると考えていたという。しかし、カナダや英国の経験に照らして、その考えが間違いであったことを悟ったとのことである。


1/9エントリで彼は以下の3枚の図を示し、その点を説明している。

最初の図は、カナダ銀行が2%のインフレ目標をきちんと達成していたことを示している。しかも、長年に亘ってきちんと達成していたので、あくまでもインフレ率目標の政策であったにも関わらず、物価水準目標という点からも合格点を与えられる結果になっている。


2番目の図はコアCPIであるが、2%よりやや低いトレンドラインに乗っている。これはコアCPIが総合CPIより下方乖離することで説明でき、想定の範囲内である、とRoweは言う。彼がこの図を提示したのは、総合CPIに急上昇と急低下の“こぶ”が見られた2008年においても、コアCPIの動きは滑らかだったことを示すためである。カナダ中銀は、短期においては動きの激しい総合CPIよりはコアCPIを運用指針にすることを謳っており、2008年の両CPIの動きは、その運用方針がきちんと遵守されていたことを示している。


3番目の図は名目GDPであり、2008年には明確にトレンドより下振れている。1番目と2番目の図で示されたようにインフレ目標はきちんと守られていたにも関わらず、この下振れを防ぐことはできなかった。そのことは、インフレ目標は吠えなかった番犬であったことを示しており、となれば、やはりカナダも名目GDP目標に切り替えるべきである、とRoweは市場マネタリストとしての主張を展開している。


ちなみに、英国の市場マネタリストBritmouseは、このRoweのエントリに触発されて英国について同様の図を描いているが、そこでも同じような傾向が示されている。



Roweインフレ目標が需要不足による不況を防げなかった理由について――換言すれば、需要不足が起きたにも関わらず、なぜインフレが低下しなかったかについて――続く1/12エントリで考察している。そこで彼は、インフレ目標によって物価がより粘着的になったのではないか、という仮説を提示している。インフレ目標がいわばフォーカルポイント――ただしRowe自身はこの用語を用いていない――となって、皆の価格設定がそこにより凝集するようになったのではないか、というわけだ。


また、1/9エントリの直前の1/7エントリRoweは、デフレが進展しなかった理由について別の仮説を提示している。曰く、金融緩和政策で物価が暴騰する可能性が僅かながら存在するため、その可能性が皆が価格を切り下げていくのを引き止めているのではないか、とのことである。Roweは、そうした可能性の存在をペソ問題になぞらえている*1



なお、上図を実際に作図したのはWCIブログの共同ブロガーであるStephen Gordonであるが、1/12エントリでGordonは以下の図を示している。

この図に表れているように、2002年以降の商品価格の上昇によりGDPデフレータとCPIは乖離した(2002-2008年に前者の対数値は約22%上昇したのに対し、後者は16%の上昇だった)。そのため、複数の逃亡者が二手に分かれた場合に一人の追跡者がどう対応するか、というテレビや映画での定番シーンのような状況にカナダ銀行は陥ったが、消費財に焦点を当ててCPIを追い続けたカナダ銀行の対応は正しかったのではないか、とGordonは述べている。


同エントリでGordonは、さらに以下の図も提示している。

これを見ると、実際の名目GDPは危機前に5%のトレンドより上振れしていたが、CPIベースで計算した名目GDPにはそうした上振れは見られない。つまり、名目GDPだけを見ると、危機前の金融政策が過度に緩和的であったような印象を受けるが、CPIベースではそうした傾向は見られない。逆に言えば、仮に名目GDPを目標としていた場合、消費財ベースの厚生にはコストが生じていたのではないか、とGordonはRoweの主張に疑問を投げ掛けている。これに対しRoweは、もう少し考えてみる、とコメント欄で応じている。

*1:Roweはペソ問題を「A Peso Problem is an extreme case of a probability distribution that is highly skewed with a fat tail on one side. A sample size large enough to reflect the whole probability distribution would be a very large sample.(ペソ問題とは、片側の裾野が厚い非常に歪度の高い確率分布という極端なケースであり、その確率分布が実際に描けるだけのサンプルの数は非常に多いものとなる。)」と定義している。