ボールのファウル?・補足

昨日ボール論文の概要を紹介したが、今日は、そこで「名目GDP目標を取り入れると実質GDPとインフレの不必要な振動を招いてしまう」と記述した部分の数学を補足しておく。


昨日のエントリの(2)式と(13)式からは、
 X = CX(-1) + E                                   ・・・(A5)
という1階の自己回帰過程が導かれる。ここでX = [y π]'、E = [ε η]'であり、Cは以下の2×2行列である。

1-α -1
α 1

このCの固有値は、
 (1-α-z)(1-z)+α = z2-(2-α)z+1 = 0
の解として求められる。即ち
 z = {(2-α)±SQRT(α2-4α)}/2                         ・・・(A6)
である。この固有値を用いれば(A5)式は
 X = zX(-1) +E
のように表わされるので、zの値がXの時系列的な挙動を決めることになる*1
α<4の場合、zは複素数であり、単位円の上に存在する*2。即ち実質GDPとインフレは振動を繰り返し、減衰も発散もしない。
α>4という非現実的なケースでは、固有値の一つは-1より小さく、発散過程を取る。
いずれにせよ、実質GDPとインフレは非定常的であり、分散は無限大となる*3



では、ボールが最適解を導いた際の金融政策ルールである(5)式のケースはどうなのだろうか? その場合は実質GDPとインフレは定常的になるのだろうか?
この場合の金利(6)式を(1)式に代入すると、以下の式が得られる。
 y = -αqy(-1) - qπ(-1) + ε                           ・・・(A1)
この(A1)式と(2)式からは、
 X = BX(-1) + E                                   ・・・(A2)
という1階の自己回帰過程が導かれる。ここでBは以下の2×2行列である。

-αq -q
α 1

このBの固有値は、
 (-αq-z)(1-z)+αq = z2-(1-αq)z = 0
の解として求められる。即ちz=0、もしくは、z=αq 1-αqである*4
z=0の場合は、直ちに実質GDPとインフレはトレンドに収束する。
z=αq 1-αqの場合、最適解ではqは[0, 1/α]の範囲にあるので、大抵の場合は両者のトレンドからの乖離は減衰する。だが、q=1/α 0の時、即ち、政策当局が実質GDPインフレの振れは気にせずにインフレ実質GDPの振れだけを気にする時は、乖離は発散しない代わりに減衰もしない。ボールはこの点について触れていないが、彼の数式からはそうした結論が得られるのである*5



なお、昨日のエントリの脚注に記したように、以前のバージョンのボール論文では、名目GDP水準目標についても同様の分析を行っている。ただ、その名目GDP水準目標の定式化も、問題があるように思われる。というのは、価格のトレンドからの乖離の累積を式に取り入れているにも関わらず、実質GDPのトレンドからの乖離の累積は無視しているからである*6。取りあえずここではその点を措いて、彼の式を追ってみよう。
ボールの名目GDP水準目標は
 E[y(+1)+p(+1)] = 0                               ・・・旧版(A6)
として表わされる(pの定義は昨日エントリの脚注参照)。
 y(+1) + p(+1) = y(+1) + {p + π(+1)}
         = y(+1) + p + π + αy + η             (π(+1)に(2)式を適用)
         = -βr + λy + ε + p + π + αy + η        (y(+1)に(1)式を適用)
の関係から、
 p + π + (α+λ)y - βr = 0
が導かれる。即ち
 r = [(α+λ)/β]y + [1/β]π + [1/β]p                   ・・・旧版(A7)

である。これを(1)式に代入すると
 y = -β[ [(α+λ)/β]y(-1) + [1/β]π(-1) + [1/β]p(-1) ]+ λy(-1) + ε
   = -αy(-1) - π(-1) - p(-1) + ε                     ・・・旧版(A8)
ここで、この旧版(A8)式と、
 p = p(-1) + π
   = p(-1) + π(-1) + αy(-1) + η                      ・・・旧版(A9)
という関係式と、(2)式を用いれば、以下の1階の自己回帰過程が得られる。
 Z = HZ(-1) + M                                 ・・・旧版(A10)
ただしZ = [y π p]'、M = [ε η η]'であり、Hは以下の3×3行列である。

-1 -1
α 1 0
α 1 1

このHの固有値は、
 (-α-z)(1-z)2-α+2α(1-z) = (z2-2z+1)(-α-z)+α-2αz = -z(z2-(2-α)z+1) = 0
の解として求められる。この固有値は3つあり、1つはz=0である。残りの2つは(A6)式で導いたものと同じであり、非定常性を示す。



では、価格水準目標の場合はどうだろうか?
その時は、
 E[p(+2)] = 0
なので(インフレや価格だけを操作対象と考える場合、今期のrが効くのは2期先になることに注意)、
 p(+2) = p(+1) + π(+2)
     = {p + π(+1)} + π(+2)
     = {p + π(+1)} + {π(+1) + αy(+1) + η}             (π(+2)に(2)式を適用)
     = {p + π(+1)} + {π(+1) + α(-βr+λy+ε) + η}        (y(+1)に(1)式を適用)
     = p + 2*{π + αy + η} + α(-βr+λy+ε) + η        (π(+1)に(2)式を適用)
の関係から、
 p + 2π + 2αy -αβr + λαy = 0
が導かれる。即ち
 r = [(2+λ)/β]y + [2/(αβ)]π + [1/(αβ)]p
である。これを(1)式に代入すると
 y = -β[ [(2+λ)/β]y(-1) + [2/(αβ)]π(-1) + [1/(αβ)]p(-1) ]+ λy(-1) + ε
   = -2y(-1) - [2/α]π(-1) - [1/α]p(-1) + ε
となるので、旧版(A10)式と同様の1階の自己回帰過程
 Z = GZ(-1) + M
が求められる。ただしGは以下の3×3行列である。

-2 -2/α -1/α
α 1 0
α 1 1

このGの固有値は、
 (-2-z)(1-z)2-1+(1-z)+2(1-z) = (1-z)(z2+z+1)-1 = -z3 = 0
の解である。即ち、この場合は固有値はz=0のみであり、実質GDPとインフレのトレンドからの乖離は直ちに収束する。

*1:[11/14追記]良く考えて見るとこれは幾ら何でも乱暴すぎる記述なので(X(-1)が固有ベクトルの場合にしかその関係は成立しない)、もう少し厳密に記述してみる。今、行列Cの固有値に重複が無いものとすると(重複がある場合はジョルダン分解を使うことになるらしい。Hamiltonなどを参照)、
 C = TΛT-1
のように分解できる。ここでΛは固有値を対角に並べた対角行列、Tは固有ベクトルを横に並べた行列である。この関係を使えば、Cの累乗の挙動は固有値の累乗(特に絶対値が最大の固有値の累乗)によって決定されることが分かる。

*2:実数部(2-α)/2の2乗和と虚数部SQRT(4α-α2)/2の2乗和が1になっている。

*3:このボール論文の帰結に対し、その非定常性は(1)(2)式のようなバックワード・ルッキングなIS曲線フィリップス曲線を用いているせい(そして主に後者のせい)であり、フォワード・ルッキングな曲線を用いれば定常になる、と反論したのがマッカラムである。彼は後述の名目GDP水準目標についても、同様の反論を行っている。

*4:11/15修正。以下「インフレ実質GDPの振れだけを気にする時は」まで同様。

*5:[11/15追記]逆に政策当局が実質GDPの振れは気にせずにインフレの振れだけを気にする時は、固有値が2つともゼロになり、インフレと実質GDPは直ちにトレンドに収束する(ボールは論文の図2で実際のシミュレーションを示している)。政策当局が実質GDPも気にするようなるにつれ、その収束の程度が弱まっていき、実質GDPだけを気にするようになると収束しなくなる。なお、この純粋なインフレ目標固有値がすべてゼロになるというのは、後述の価格水準目標でも固有値がすべてゼロになるのと整合的かと思われる。

*6:[11/14追記]実質GDPのトレンドからの乖離の累積を考えると、小生がTとして表記したものをどの時点を基準にして考えるのか、という問題が出てくる。モデルの開始時点を基準にし(ないし、Tの基準時点と置いた時点をモデルの開始期とし)、Pもその時点を基準とするならば、T(0)*P(0)を名目GDPの基準とすることになる。これはp=ln{P/(UnP(-n)}でn=0と置いたことに相当するので、p=0となり、結局、E[y(+1)+p(+1)]=0はE[y(+1)+π(+1)]=0に帰着する。