抱擁資本主義の包容力

アセモグル、ロビンソンとThierry Verdierの論文「Can't We All Be More Like Scandinavians? Asymmetric Growth and Institutions in an Interdependent World(我々皆がスカンジナビア諸国のようになることはできないのか? 相互依存世界における非対称的な成長と制度)」をレイン・ケンウォーシーが紹介しているEconomist's View経由)。


以下はケンウォーシーがまとめた同論文が提示するモデルの概要。

  1. 「熾烈(Cutthroat)」資本主義は成功者に多額の報酬をもたらすため、所得格差が高まるが、起業家を数多く生み出し、イノベーションを促進する。「抱擁(Cuddly)」資本主義は起業家の報酬がより少なく、リスクに対する保障はより寛大である。所得格差は拡大しないが、イノベーションもそれほど生まれない。
     
  2. イノベーションの差により、当初は熾烈資本主義の経済成長の方が高い。しかし、技術的進歩は熾烈資本主義国から抱擁資本主義国に波及していくため、成長率は均等化していく。長期的には、一人当たりGDPは熾烈資本主義国の方が(初期の加速のお蔭で)高いものの、経済成長率は似たようなものとなる。
     
  3. GDP自体は低いにしても、平等主義的な分配のお蔭で、平均的な厚生は抱擁資本主義国の方が高くなるだろう。
     
  4. とは言え、熾烈資本主義国が抱擁資本主義国に転じたら、すべての国が損をする。かつての熾烈資本主義国でのイノベーションが低下し、その結果、すべての国の経済成長率が低下するからである。

論文では米国を熾烈資本主義国、北欧諸国を抱擁資本主義国に分類しているとの由。


これに対しケンウォーシーは、米国とスウェーデンの各種経済指標を基に、以下のような異議を唱えている。

  • 起業家の報酬を表わす指標として上位1%の家計の所得占有率、リスクに対する保障を表わす指標として政府支出の対GDP比率を取った場合、20世紀の後半に至るまでは米国もスウェーデンも似たようなものだった。政府支出の乖離は1960年代、所得格差の乖離は1970年代に始まった。
  • スウェーデンは1990年代の税制改革により起業家向け社会に舵を切ったという人もいる。
  • 1960〜70年頃に両国の起業家のインセンティブの乖離が始まったというならば、論文のモデルによれば、イノベーションはその後に乖離していくはずである。論文では、一人当たり特許出願のある指標において、1990年代後半以降に米国がスウェーデンに水をあけ始めたという。そのことは、大きなラグを許容すれば、モデルの予測と整合的である。しかし、利用可能期間が1980年以降の別の指標では、1980年時点で既に米国がスウェーデンに水をあけていたという。これは、米国のイノベーションにおける優位性が制度選択の後ではなく前に起こっていた可能性を示唆する。
  • 一人当たりGDPについては、モデルはうまくいっていない。両国の乖離は最近に始まったことではなく、1世紀以上前から差が存在している。多少の振れを別にすれば、過去100年間の両国の一人当たりGDPは長期トレンドに沿って推移しており、スウェーデンが徐々に米国に追いつきつつある。


また、ケンウォーシーは、社会保障制度ではなく金銭的インセンティブが本当にイノベーションにとって重要ならば、所得格差を維持したまま全体の税率を上げ、社会保障制度を充実させれば良い、という話になるのではないか、という考察を示している。そして、実は米国はその方向に向かっており、北欧諸国は米国よりも先にその方向に向かっているのではないか、と述べている。

*1:スイスの見誤り? 「12th pillar: Innovation」でのスウェーデンの順位は4位。cf. 検索画面

*2:cf. ここ