について世上どのような考察がなされているか知りたいとふと思い、ぐぐってみたところ、このパワーポイントに行き当たった*1。書いたのはFrancois LevequeとLina Escobar。著者のうちLevequeはCERNA(Centre d'Economie Industrielle MINES ParisTech=パリ国立高等鉱業学校産業経済研究所)経済学部教授(HP)で、知財やエネルギー問題が専門で、EU Energy Policy Blogというブログに寄稿しているとの由。
そのパワーポイントの概要は以下の通り。
- これまでに観測された炉心損傷事故は、14400年・炉数の中で、以下の11件*2。
Year | Location | Unit | Reactor type |
---|---|---|---|
1959 | California, USA | Sodium reactor experiment | Sodium-cooled power reactor |
1966 | Michigan, USA | Enrico Fermi Unit 1 | Liquid metal fast breeder reactor |
1967 | Dumfreshire, Scotland | Chapelcross Unit 2 | Gas-cooled, graphite moderated |
1969 | Loir-et-Chaire, France | Saint-Laureant A-1 | Gas-cooled, graphite moderated |
1979 | Pennsylvania, USA | Three Mile Island | Pressurized Water Reactor (PWR) |
1980 | Loir-et-Chaire, France | Saint-Laureant A-1 | Gas-cooled, graphite moderated |
1986 | Pripyat, Ukraine | Chernobyl Unit 4 | RBKM-1000 |
1989 | Lubmin, Germany | Greifswald Unit 5 | Pressurized Water Reactor (PWR) |
2011 | Fukushima, Japan | Fukusima Daiichi Unit 1 | Boiling Water Reactor (BWR) |
2011 | Fukushima, Japan | Fukusima Daiichi Unit 2 | Boiling Water Reactor (BWR) |
2011 | Fukushima, Japan | Fukusima Daiichi Unit 3 | Boiling Water Reactor (BWR) |
- 従って観測された事故発生確率は、1炉心・年当たり11/14400=0.00076
- 世界には433の原子炉があるので、来年事故が起きる確率は、上記の確率と二項分布を前提とすると、1-(1-0.00076)^433=0.28
- 二項分布にベイズ推定を適用すると、確率はベータ分布に従う(事前分布、事後分布共に)*3。
- 事前分布はπ0(p) = B [st, s(1-t)]として表わされる
- tは期待確率、sは事前分布の強度を表わすパラメータ
- この時、事前確率は期待確率に一致する(E[p]=t)
- 事後分布はπ1(p) = B [α1, β1]として表わされる
- α1=st+y1、β1=s(1-t)+n-y1(nは試行回数、y1は事故発生回数)。
- 事後確率E(p|y1) = (y1 + st)/(n + s)
- 事前分布はπ0(p) = B [st, s(1-t)]として表わされる
- 事前分布としてNUREG 1560(1997)*4から求めたt=0.000065、s=24869を適用すると、福島以前の事後確率は0.000256、福島後の事後確率は0.000321となる*5。従って、福島の事故によって事後確率は25%増大したことになる。
- 福島後の事後確率によって来年世界で事故が起きる確率を計算すると、1-(1-0.000321)^433=0.12となる*6。
- ただしこの計算では、原子炉の質の均一性や量の一定性、および事故発生確率の独立性を仮定しているほか、安全性向上による事故確率の低下を考慮していない。実際には事前確率は低下傾向にある(ソース)。また、原子力業界の経験が指数関数的に積み重なった後に起きた事故は福島のみ。
- 二項分布の代わりに、生起率を予期せぬ運転停止要因に回帰させたポアソン回帰や、それを最近の事象に重み付けするようにしたポアソン指数加重移動平均(Poisson Exponentially Weighted Moving Average=PEWMA)を用いて計算したところ、以下のようになった(二項分布やベータ分布の結果と併せて表記)。
分布 | 世界で来年事故が発生する確率 | 福島効果 |
---|---|---|
二項分布 | 0.28 | 0.37*7 |
ベータ分布 | 0.12 | 0.25 |
ポアソン回帰 | 0.0003 | 0.027 |
PEWMA | 0.0020 | 2.70 |
- 即ち、ポアソン回帰では福島効果は2.7%に留まったが、PEWMAでは2.7倍に達した。また、2011年時点の生起率は、ポアソン回帰が0.00026だったのに対し、PEWMAでは0.00196だった(ポアソン回帰の方が86.4%小さい)。ただし、こうした分析には、データ数が少ないことによる制約が掛かっていることには注意する必要がある。
ちなみにこのサイトによると、日本での稼動実績は2005年時点で1000炉年とのことなので、パワポの事前確率をそのまま適用して上記の二項分布と同様の計算を行うと、福島以前の事後確率は(0.000065*24869+0)/(24869+1000)=0.0000625、福島後の事後確率は(0.000065*24869+3)/(24869+1000)=0.000178となり、福島要因によって3倍近くに跳ね上がったことになる。原子炉を50基として来年事故が起きる確率を計算すると、福島以前は0.00312、福島後は0.00888となり、321年に一回の割合から113年に一回の割合に変化したことが分かる。
また、上記のまとめでは省略したが、パワポではベータ分布の事前確率を求める際に、NUREG 1560のほかNUREG 1150(1990)も参照している*8。NUREG 1150では5つの原子力発電所について炉心損傷事故確率を評価しているが、それを抜粋して集計すると以下のようになる。
発電所 | Mean | 95% |
---|---|---|
Surry | 0.00004 | 0.00013 |
Peach Bottom | 0.0000045 | 0.000013 |
Sequoyah | 0.000057 | 0.00018 |
Grand Gulf | 0.000004 | 0.000012 |
Zion | 0.00034 | 0.00084 |
平均 | 0.0000891 | 0.000235 |
この平均の平均をtに当てはめ、95%点が一致するようにsを求めた、ということのようである*9。
ただ、そこで少し気になったのが、パワポではNUREG 1150で報告されている事故発生確率のうち内部要因しか考慮していないように見える点である。SurryとPeach Bottomについては外部要因に関する確率も掲載されているので、それも併せて詳細を引き写すと以下のようになる。
Surry | Peach Bottom | |||
---|---|---|---|---|
事故原因 | Mean | 95% | Mean | 95% |
Internal Events(内部事象) | 0.0000404 | 0.0001572 | 0.0000045 | 0.00001385 |
Station Blackout(停電) | 0.0000022 | 0.000006 | ||
Short Term(短期) | 0.0000054 | 0.000023 | ||
Long Term(長期) | 0.000022 | 0.000095 | ||
ATWS*10 | 0.0000016 | 0.0000059 | 0.0000019 | 0.0000066 |
Transients(停電とATWS除く過渡変化) | 0.000002 | 0.000006 | 0.00000014 | 0.00000047 |
LOCA*11 | 0.000006 | 0.000016 | 0.00000026 | 0.00000078 |
Interfacing-system LOCA | 0.0000016 | 0.0000053 | ||
SGTR*12 | 0.0000018 | 0.000006 | ||
External Events(外部事象) | 0.0000835 | 0.000308 | 0.00006005 | 0.0002055 |
Seismic(地震;LLNL*13推計) | 0.00012 | 0.00044 | 0.000077 | 0.00027 |
Seismic(地震;EPRI*14推計) | 0.000025 | 0.0001 | 0.0000031 | 0.000013 |
Fire(火災) | 0.000011 | 0.000038 | 0.00002 | 0.000064 |
ここでInternal Eventsの確率は内訳の単純合計、External Eventsの確率は地震の二つの手法による推計の平均に火災を足し合わせたものを示した。先ほどの5原子炉の集計表において、この2原子炉を外部要因を加えたものに置き換えると、全体の平均は0.0000891から0.00011781に、95%点は0.000235から0.0003377に上昇する。これを基にsを推計すると、9623となる。それから計算される事後確率は、福島以前が0.000409、福島後が0.000505であり、福島要因がおよそ25%という結果はあまり変わらないが、福島後の事後確率を用いた来年世界で事故の起きる確率は、先の0.12から0.196に上昇する。
一方、日本で事故が起きる事後確率は、福島以前の0.000107から福島後の0.000389と3.6倍になり、その変化率は先の推計より大きい。50基を前提とした事故発生確率に引き直すと、188年に一度の確率から52年に一度の確率への変化、ということになる。
*1:日本語では高橋洋一氏の考察を紹介したサイトにも行き当たったが、こちらの確率は仮想例に留まっている。
*3:cf. Wikipedia説明。
*4:Vol.1がここ、Vol.2がここ、Vol.3がここからダウンロードできるが、Vol.1とVol.2は非常にファイルサイズが大きい(それぞれ47MBと92MB)ことに注意。
*5:福島後の事後確率は(0.000065*24869+11)/(24869+14400)として求めたものと思われる。しかし福島以前の事後確率は、単純に(0.000065*24869+8)/(24869+14400)として計算すると0.000245となり、パワポの数字とずれる。0.000256という数字に合わせるためには、(0.000065*24869+8)/(24869+14400-1705)のように分母の数字を1705ほど減らす必要がある。
*6:実際には0.129785297373498となるので、小数点以下を切り捨てた模様。
*7:11/8-1として計算した模様。
*8:そちらはここから入手できる。日本語ではこちらのレポートやこちらのブログで紹介されている。
*9:ただしパワポではtは0.000089と小生の計算結果と一致しているものの、sは21882となっている。このsと整合的な95%点をExcelのBETADIST関数を用いて探索すると0.000212883となり、上記の0.000235より一割近く小さい。逆に、0.000235を95%点とするsは16221となり、パワポのsの3/4程度となる。また、NUREG 1560についても同様の検算を行おうと考えたが、ざっと見た限り該当データがグラフだけで示されており、数表が見つからなかった。
*10:Anticipated transients without scram。ここの説明によると、「スクラム(BWRでの原子炉緊急停止の呼称。PWRでは原子炉トリップと称する。)失敗事象。原子炉スクラムが要求されたにもかかわらず、原子炉安全保護系(あるいは停止系)の故障などにより原子炉がスクラムしない事象のことをいう。」
*11:Loss-of-coolant accidents=冷却材喪失事故
*12:steam generator tube rupture=蒸気発生器細管破断
*13:Lawrence Livermore National Laboratory
*14:Electric Power Research Institute