サマーズ・メモ

オバマ政権の内幕記事を書いたニューヨーカーのRyan Lizzaが、その記事の一つの資料として明らかにしたサマーズ・メモが話題を呼んだ。それは2008年12月15日付けの57ページのドキュメントで、サマーズが大統領に選ばれたオバマに経済危機の状況を説明したものだという。


以下、各人の反応の要約。

クルーグマン
メモに書かれていたことは、財政刺激策の規模が不十分だったことについての政権の現在の釈明とまったく違う。今の彼らは、もっと大規模にすべきだったと分かってはいたが、政治的な現実に直面せざるを得なかったのだ、と説明している。しかしメモには、「市場の反応」のことを考えると大き過ぎる刺激策は逆効果になる、と書いてある。つまりサマーズらは見えない債券自警団を恐れていた、ということだ。
また、当時の政治的な判断もまるで逆さまだった。刺激策が大き過ぎると縮小するのに苦労するが、小さ過ぎたら議会にいつでも追加策を求めることができる、とメモには書かれているのだ。それはあまりにもナイーブな考え方だし、僕自身、リアルタイムでそう言っていた
まあ、もう過ぎたことだし、当時の経済チームのメンバーは誰も残っていないし、Lizzaが記事で書いたようにオバマも今はタフになったことなので、この件にいつまでもこだわるつもりはないが。
ジャレッド・バーンスタイン((上のクルーグマンとこのバーンスタインのエントリは[http
//economistsview.typepad.com/economistsview/2012/01/summers-and-stimulus-more-or-less.html:title=Economist's View]でも取り上げられている。)):Lizza記事ではサマーズが刺激策の縮小を求めていたように書かれているが、私の記憶ではそれは違う。サマーズは可能な限りの大規模な刺激策の必要性を認識しており、かつ、それを一貫して提唱していた。実際、メモの要約に続く最初のページ*1でも、「やり過ぎる方がやり足りないよりもまし、というルールを経済政策全般に天下り式に適用すべき」とサマーズは書いているが、それが私の記憶しているサマーズの立場だった*2。我々が十分にやったというつもりはないが、ラリーはケインズ政策の必要性を認識していたうちの一人だったし、それは2009年1月のことだけではなく、在任中ずっとそうだった。
メモのp.11でラリーは、債券市場を混乱させるというものも含め、大規模な刺激策に反対すべき理由を4つ挙げているが、いずれについても反論をきちんと添えている。
なお、ラリーや私やその他多くの者が、刺激策を追加する方が規模縮小より容易と考えてた点で誤っていたことは認める。むしろ、そういった見解がその後どのように変遷していったかという過程こそが、Lizzaの手厳しい分析の核心であり、彼のその分析は、我々が現在嵌まり込んでいる党派的争いの度合いを示すものになっている。
(上のバーンスタインのエントリを受けた)クルーグマン
ジャレッドは、ラリーは本当は見えない債券自警団など心配していなかった、と主張している。僕には未だにそうは読めないけど、いずれにせよ、先に書いた通り、過ぎたことだ。
メモを読み解く上での問題点の一つは、複数の人の文章を不完全に接合したものになっていることだ。ここは多分サマーズが書いた、ここはオルザグが書いた、ここはローマーが書いた、というように推測しながら読むと、僕が同意する部分は大抵ローマーっぽく、嫌いな部分はオルザグっぽかった。
追加策が打てると考えたのは大きな判断ミスだった、というジャレッドの記述は正しい。党派性の強さを読み違えていたということだけど、そのことは明らかだと考えていた僕から見れば噴飯ものだ。同じことはオバマについても言える。明確な反対証拠があるにも関わらず、党派性を超越できると彼が考え続けたことが、貴重な最初の数ヶ月において大きなダメージをもたらした。ただ、今晩の一般教書演説では別人になっていると思うが。
ディーン・ベーカー
メモは、経済見通しの甘さと債券自警団への警戒という2点を明らかにしたという点で衝撃的。結局、政権はメモの方針から逸れることは無く、毎月40万の雇用が失われている段階でオバマは早々と回復の兆しを口にし、財政赤字削減に重点を移していった。
デロング((上のベーカーとこのデロングのエントリは[http
//economistsview.typepad.com/economistsview/2012/01/links-for-2012-01-25.html:title=Economist's View]でリンクされている。)):メモは複数の人の妥協の産物であることを念頭に置くべき。また、12月8日時点の状況は、翌月の大統領就任時点に比べれば良かったことも念頭に置くべき。従って、この時点において、6000億ドル以上の規模は必須だとする一方で、1兆ドル以上の規模については債券自警団を警戒した、というのは妥当な線だったのではないか。
また、メモの中で「相談した経済学者の中で唯一、数字を口にすることを拒否し、刺激策全般に批判的だった」と描写されたマンキューが顧問を務めていたマケインではなくオバマが大統領になったことには感謝すべき*3


このほか、エズラ・クラインとThe Atlanticのデレク・トンプソン(Derek Thompson)もこの件について書いているが(上記のデロングのエントリ経由)、両者は上記の経済学者たちが取り上げなかった点として、現実的に支出可能な投資の規模は向こう2年間で2250億ドル程度だろう、とサマーズが書いたことに着目している(特にトンプソンは、その段落がメモ中で唯一、下線とイタリック体と太字の3つの強調処理がなされていることを指摘している)。

*1:pdfでは6ページ目。

*2:本ブログで紹介してきたサマーズの言動も確かにそのことに符合する。例:ここここここここ

*3:当のマンキューは、「少なくとも僕は一貫している(At least I am consistent)」と題したエントリで、自分が唯一の懐疑論者だったことは、オバマの経済チームが相談した経済学者の範囲を物語っている、と揶揄している。