人の目を気にしたサマーズ

20日エントリでは、サマーズのような傍若無人の性格ならばバーナンキのような妥協をしなかったのではないか、という趣旨のマシュー・イグレシアスの意見を紹介したが、Noam Scheiberのこの記事(H/T Economist's View)を読むと、そのサマーズ評は正しくないかも、という気がする。


以下はその記事で紹介されたクリスティーナ・ローマーによるシミュレーション(財政刺激策の金額とそれに対応する2011年第1四半期における経済状況の予想)。

財政刺激策 GDPギャップ 雇用創出 失業率
$1.7兆 0.0% 600万 5.1%
$9000億 1.9% 600万 6.6%
$5000億 3.0% 250万 7.5%


以下は最終的にオバマに提出されたサマーズ・メモ(cf. ここ)における同表。

財政刺激策 GDPギャップ 雇用創出 失業率
$6550億 4.3% 250万 7.8%
$8800億 3.6% 340万 7.3%


この2つの表の間には次のような経緯があったという。

まず、1.7-1.8兆というローマーが示した数字は非現実的だとサマーズが撥ね付け、ローマーはそれを1.2兆に置き換えたバージョンを1〜2日かけて作成した。然るに…

At first, Summers gave her every indication that all three figures would appear in the memo he was sending the president-elect. But with less than twenty-four hours before the memo needed to be in Obama’s hands, Summers informed her that he was inclined to strike the $1.2 trillion figure. Though Summers, like Romer, believed more stimulus was almost unambiguously better, he also felt that a $1.2 trillion proposal, to say nothing of $1.8 trillion, would be dead on arrival in Congress. Moreover, since Obama’s political operatives were convinced that any stimulus approaching a trillion dollars was hopeless, Summers worried that urging more than this amount would stamp him and Romer as oblivious in their eyes. “$1.2 trillion is nonplanetary,” he told Romer, invoking a Summers-ism for “ludicrous.” “People will think we don’t get it.”
(拙訳)
当初サマーズは、次期大統領に彼が渡すメモに3つの数字がすべてが掲載されることを彼女に強く示唆した。しかし、オバマに渡す期限まで24時間を切った段階で、サマーズは1.2兆の数字を外したいと彼女に伝えた。ローマーと同じくサマーズも金額が大きい方が間違いなく良いと考えていたが、1.8兆はもちろん、1.2兆の法案も議会到着時死亡の運命を辿ると感じていた。また、オバマの政治部隊は1兆ドルに近い刺激策は見込みが無いと確信していたため、それ以上の金額を推奨することは、彼らの目に映るサマーズとローマーに、空気読めない奴ら、という烙印を押すことになるのではないか、と彼は危惧した。「1.2兆ドルは世間的ではない」と彼はローマーに伝えたが、それは「馬鹿げた」という意味のサマーズ流の表現だった。「彼らは、こいつら分かっていないな、と思うだろう」


ローマー自身は1.2兆ドルが落としどころだと考えていたので、そのサマーズの見方に抗議したという。また、刺激策の数字が大きくなることに反対していたピーター・オルザグでさえ、経済チームがそうした政治的配慮をすべきではなく、その数字を入れておくべきだった、と後に述べているとの由。


しかし結局ローマーは折れ、その数字は削られた。12/16にこのメモを元に議論が行われた際、ローマーは1兆ドル以上が望ましいと述べ、サマーズも金額が大きいほど良いと述べたものの、それらの発言は出席者の記憶に残るほど強い形ではなされなかった。その結果、議論は6000億ドル規模と8500億ドル規模の2つの選択に集中することになった。


記事の最後でScheiberは、仮に1.8兆ドルという選択肢が入っていた場合、それをオバマが選択することも議会が通すことも無かっただろうが、事態の緊急度および現実と理想の乖離を彼が認識するのに役立ったのではないか、と書いている。


また、Economist's ViewのMark Thomaは、「彼らは、こいつら分かっていないな、と思うだろう」という言い訳をするのではなく、大きな数字を選択肢として示す理由を彼らに分からせることこそがサマーズらの役割だったのではないか、とコメントしている。