潜在GDPのHPフィルター推計の注意点

19日エントリの脚注では、Mark Thomaが潜在GDPのトレンド推計を行ったことを紹介したが、そのThomaの記事に触発されて、池尾和人氏が日本のGDPについてHPフィルタを掛けた結果を示し*1、足元でGDPギャップが解消された可能性を論じている。


ただ、そこで氏が書いている通り、HPフィルタによる推計では足元のデータに引き摺られて直近のGDPギャップが過小推計される可能性があるという。そこで試しに、終了期を変えて推計を行った場合、どの程度HPフィルタの推計結果が変わるか見てみた*2

上図は終了期を2007年から2011年まで1年刻みで変えた結果であるが、2000年代後半以降の動きが大きく違ってくることが分かる。もしこれが本当に潜在GDPの動きを再現しているのだとしたら、ここで紹介したメンジー・チンの模式図(下図)のようなことがまさに起きていることになる。

しかし一方では、池尾氏が断っている通り、直近のGDPギャップが過小推計されている可能性もある。この点についてThomaは、19日エントリの別の脚注で紹介したように、潜在GDPを高く見積もり過ぎてインフレを招くほうが、低く見積もり過ぎて不況を深刻化させるよりまだましではないか、と推計の誤りの対価に非対称性があることを別エントリで指摘している*3


また、Thomaは、HPフィルタ以外に線形と二次の近似によるトレンド推計を行い、真実はその中間ではないか、と述べている。ちなみにHPフィルタでは、循環項とトレンド項分散のペナルティの比率としてλというパラメータが存在し、四半期データの場合は通常は1600という値が用いられる*4。このλを大きくしていけば線形推計に近づくので、以下ではλを通常パラメータの10倍、および100倍した値を併せて描画してみた(循環項も併せて描画する)。

線形推定では、まだ2%程度のマイナスのGDPギャップが残っていることになる。なお、いずれのλの値についても、リーマンショック直前のGDPギャップが4%前後のプラスとなっており、景気がかなり過熱気味だったことを示している。足元までデータを引っ張ったHPフィルタの推計を正しいとするならば、その点が前提となることにも注意する必要があろう。

*1:ソースは廣瀬康生氏との由。

*2:ここではこのサイトを参考にRのhpfilterを用いた。ただし、そのサイトのプログラムは原数値を用いているが、ここでは自然対数値を用いた。なお、スケールが池尾氏の示したグラフと異なっているが、それは池尾氏が常用対数値を用いたためと思われる。池尾氏の言う「傾きが成長率を示す」ようにするためには自然対数を取るのが一般的と思われ、実際、数字から判断するとThomaも自然対数値を用いているようである。

*3:トレンド推計エントリの最後でもその点に言及している。

*4:ホドリック=プレスコットの原論文では、循環項の5%の変動とトレンド項の1/8%の変動が対応するものとし、5^2/(1/8)^2としてλを求めている。