サンダース経済分析騒動・続き

デビッド&クリスティーナ・ローマー夫妻が、ここで紹介したジェラルド・フリードマンによるサンダース政策の経済効果分析を批判する小論を上げ、各論者が一斉に取り上げている(マンキュークルーグマンMark Thomaタイラー・コーエンデロングジャスティン・ウルファーズ)。
小論は結論を除くと3つの章から構成されており、各章ではその章のテーマを節に分けて論じている。以下は各節の概要。

  1. 需要サイドの効果が大きすぎる
    • a) 政府の新規支出が成長率に与える一過的な影響について、影響がずっと続くという計算ミスをしたっぽい。
    • b) 再配分の効果というのが、それに伴う財政刺激策の効果を指しているのか、それとも再配分自体の景気刺激効果を指しているのは不明だが、いずれにしても新規政府支出と同様の計算ミスをしたっぽい。
    • c) 医療政策の効果についてもやはり新規政府支出と同様の計算ミスをしたっぽい。
    • d) まとめ:GDPへの影響が需要への効果を通じてのみ生じる、というフリードマンの前提が正しかったとしても、需要効果の推計が標準的な手法から得られるであろう数値よりも劇的なまでに高くなっている。
  2. 生産能力の制約を無視している
    • a) 失業率(現在通常レベルの4.9%で、より広義のU-6指標でも2008年の不況前の最低水準から2%ポイント高いに過ぎない)、FRB稼働率指数(不況前の水準から約4%ポイント低い)、求人数(不況前の水準より高い)、インフレ率(横ばいないし僅かな上昇傾向)、といった標準的な生産ギャップの指標は、生産ギャップのマイナスが10%になっている、という話と整合しておらず、ましてや2026年にサンダースの政策によってGDPCBO予測よりも37%高くなる、という話と整合していない。
    • b) 専門家も経済のスラックが小さいと見ている。CBO推計による2015年末時点の生産ギャップはマイナス2.2%。イエレンFRB議長もそのマイナス値は小さいと見ている。フィラデルフィア連銀による予測専門家の見通し集計では、2015年第3四半期の自然失業率は5.0%であり、現在の失業率より高い。
    • c) 不況以前の過去のGDPのトレンドと比較してもフリードマンの推計は極めて非現実的。
    • d) フリードマンの生産能力の推計は極端。需要拡大によって雇用が2000年時に戻ること、および生産性が内生的に高まることを想定しているが、いずれも問題含みの想定。前者の想定は、大不況前にも経済にスラックがあったこと、2007年以降の雇用人口比率の低下には長期的要因が一切関係していないこと、今後10年間の人口動態の変化が同比率に下方圧力を一切掛けないことを含意している。後者の想定については、実証的証拠が無い。
    • e) 米国の歴史を振り返ってみても、5%以上の成長が達成されたのは1982年の深刻な不況を脱する数年間のことで、10年間の平均成長率が5%となったのは大恐慌を抜けて第二次世界大戦を戦っていた頃。平時に5%台の成長が10年続くというのは非現実的。
    • f) 生産能力の制約を考えれば、FRBによる利上げか大インフレかのいずれかが起きることになる。
  3. サンダースの政策の生産能力への影響は小さなものにとどまりそう
    • a) 考え得るプラスの影響として挙げられるのは、インフラと教育への投資による10年間で1500億ドルの押し上げ効果だが、潜在成長率への寄与は年率で0.1%以下に過ぎない。他には育児支援政策や、低所得労働者が裨益するような規制や税の変更策があるが、それによって労働参加率の低下傾向に歯止めを掛けられるようには思われない。あとは国民皆保険制度への移行による現在の医療システムの非効率性の改善が考えられるが、民間医療支出はGDPの10%に過ぎず、官民の管理費の差(あるデータによれば17%vs2%)がすべて非効率性によるものだとしても、GDPへの寄与は1.5%に過ぎない。
    • b) 一方、考え得るマイナスの影響としては、需要拡大によるインフレに起因する高金利が投資を抑制し、生産能力の成長を減速させることや、社会保障の充実が早期引退を促すこと、傷害保険の強化によって同保険の対象者が増えること、公立大学の無料化が一部の人の在学期間の長期化と勤労期間の短期化につながること、および、高い税によるディスインセンティブ効果が挙げられる。より懸念すべきは、労働市場への過度の介入によって70年代の欧州の轍を踏むことである。また、国民皆保険制度が医療コストを増やす可能性もある。
    • c) プラスとマイナスを通算すると、サンダースの政策が生産能力の成長に与える影響は良くて小さなプラスで、下手するとマイナスになる。