FRBには今やタカ派しかいない

とクリスティーナ・ローマー前CEA委員長が吠えた先月末のNYT論説が米ブログ界で話題を呼んでいる。その概要は以下の通り。

  • FRBの政策委員はこれまでハト派タカ派に分類されてきた。しかし、今やFRBにはタカ派しかいない。FRBが失業と闘うことを最も声高に主張する者でさえ、インフレ率をFRBの暗黙の政策目標である2%よりかなり高くするような政策に反対している。
  • 意見の真の分裂は、許容可能なインフレ率の水準にあるのではなく、インフレの原因にある。その分裂が、FRBの景気回復への支援を限られたものにしてきた。その分裂は、ローマーに言わせれば、実証派と理論派との間にある。
  • 実証派は、その名の通り、実証結果に重きを置く。実証分析は、インフレの主な決定要因が過去のインフレと失業であることを示している。インフレは失業率は通常水準以下であれば上昇し、通常水準以下であれば下落する。通常水準が幾らかについては議論があるが、9%がそれを大きく上回っていることを疑う者はほとんどいない。コアインフレ率が1%以下にまで落ち込んでいる現在、実証派はインフレについてそれほど心配してない。
  • 一方の理論派は、人々が将来のインフレ予想の形成において非常に合理的であることを仮定した経済モデルに重きを置く。そうしたモデルでは、低インフレに対するコミットメントに疑問を投げ掛けるような行動をFRBが取れば、インフレ予想は跳ね上がり、実際の物価や賃金も上昇する。彼らにしてみれば、最近の商品価格の高騰のような将来のインフレの上昇を示唆する指標は、FRBの信頼性に対する脅威である。彼らは高失業率にも関わらず、全般的なインフレがいつまた起きるかもしれないと恐れている。
  • すべての金融政策の当局者が上記の分類に綺麗に当てはまるわけではない。実証派の多くは予想インフレを気にしており、極端な行動を取ってFRBの信頼性を損なうことを恐れている。理論派の中には、資産価格バブルへの恐れといった別の理由で金融拡張策に反対する者もいる。だが、大きな意見の分裂は、「9%の失業率の下でインフレは起きそうにない」と言う実証派と、「インフレはいつ我々に襲い掛かるか分からない」と言う理論派の間にある。
  • そうした意見の違いが露わになったのが、量的緩和を巡る議論である。
  • 量的緩和には幾つかの経済支援効果がある:
    • まだゼロに達していない長期金利を引き下げ、建設や投資や耐久財消費といった金利に敏感な支出を促す。
    • デフレの恐怖を和らげることにより、名目金利があまり下がらない場合でも、借り入れの実質コストを引き下げる。
    • ドルを減価させ、輸入を減らして輸出を増やす。
  • 量的緩和の景気刺激効果については、ほとんどの金融政策当局者が同意している*1。問題は、そのコストである。実証派は、景気が非常に弱含んでいるので量的緩和政策はインフレを生じさせない、と主張する。理論派は、経済成長率を少し上向かせるために、インフレの急上昇という対価を払うことになる、と警告する。最近フィラデルフィア連銀が経済予測者を対象に実施した調査では、QE2開始以降も長期的な予想インフレ率がほとんど変化していないにも関わらず、理論派はその主張を堅持している。
  • 自他共に認める実証派としてローマーは、両派が僅かな経済支援の追加策にしか合意できないことに苛立ちを覚えている。金融政策がどれだけ有効かについては、大恐慌が良い参考になる。
  • 当時、短期金利は、1933年までに、今日と同様、ゼロ近くに達していた。1992年論文でローマーが書いたように、1933年4月にルーズベルト大統領は金本位制から離れ、急速な減価は金の大量流入と貨幣供給の急拡大をもたらした。ルーズベルト大統領はまた、金融拡張策を逆転させないことを明確にした。それによって大幅な物価下落を見込んでいたデフレ予想は急激に後退し、名目金利ゼロの下で実質金利は大きく低下した。これにより、金利に敏感な需要がまず回復した。例えば、自動車生産は1933年の3月から4月に掛けて42%も伸びた。インフレ率は1930年代半ばに幾分上昇したが、それは全国産業復興法のようなニューディールの他の政策も寄与しており、また、上昇は緩やかなものに留まったので、1930年代前半の激しいデフレの後ではむしろ広く歓迎された。
  • インフレタカ派の見解が勝利を収めたということは、今日においてはルーズベルト型のインフレ的な金融政策にはもはや需要が無いことを示している。しかし、実証派たちが理論派たちと袂を分かつ勇気があるならば、FRBが積極策を実施できないわけではない。
  • 何年か前に、FRB議長になる前のバーナンキは、強い調子で述べられた論文講演で、非伝統的金融政策に関するユーザーズマニュアルを提供した*2。その時のバーナンキの焦点は1990年代の日本だったが、そこでの彼の推奨策は、今日の米国にも同じくらい良く当てはまるものである。具体的には:
    • 規模や範囲においてもっと積極的な量的緩和に打って出て、長期金利とドルをさらに下げる。
    • FFレートに関する意図をもっと効果的に市場に伝達し、さらに長期金利を下げる。
    • 物価水準目標を設定することにより、景気後退期間中の極端に低いインフレ率に対し、一定期間はFRBがより拡張的な政策と低い実質金利で対応できるようにする。
  • こうした政策はすべて経済の助けになるものであり、物価の安定を旨とするFRBの信頼性に適うものである。こうした政策を少しでも実施することは、インフレの動向に関する証明されていない理論的見解をFRB当局者の幾人かが信じているがために政策が過小になるよりはましである。


この論説に対しクルーグマンは、ローマーの理論派の描写は温和過ぎる、と自ブログで評している。というのは、

  • 金融拡張政策が直ちに突然のインフレにつながるような理論モデルは、同時に、現在我々が経験している状況――高失業率と賃金上昇率の鈍化が長く続く半面、賃金の急低下は生じていない――は存在し得ない、と事実上述べている。従って、インフレを恐れるという話を信じるためには、理論派になるだけでは十分ではなく、自分の目よりは理論を信じる理論派にならなくてはならない。
  • 実際のインフレタカ派はモデルに依拠しているわけではないだろう。彼らは勘に頼ってインフレと貨幣増発を悪と見做しているだけで、合理的な議論とは言えない。


また、Mark Thomaは、政策が過小になった点については金融政策だけではなく財政政策も同罪だ、と自ブログに書く一方で*3FRBがインフレタカ派になっているのは、財政赤字をマネタイズするつもりは無い、という議会へのメッセージではないか、という解釈をmoneywatchコラムで示している(ただし、そうしたメッセージは適切ではあるものの、それが議会の側での拙速な財政緊縮につながり、その緊縮策が景気を冷やすことによって却って長期的な財政問題が悪化する、という展開への懸念も併せて表明している)。


スコット・サムナーは、予想される通り、ローマーの金融政策に対する理解を評価している邦訳)。そして、オバマ政権で彼女の考えが浸透しなかったことは間違いだった、と述べている(サムナーはその原因をサマーズに帰している)。


サムナーと同じくいわゆる擬似マネタリスト(quasi-monetarist)に擬せられるデビッド・ベックワースも、やはりローマーの論説を評価している。ただし、実証派と理論派という彼女の二分法に対しては、実証派が将来のインフレ率を気にしていない印象を与える、として抵抗感を示している。そして、エントリの最後では、彼女が提起した物価水準目標はQE2よりは遥かに良い、としつつも、名目GDP目標の方がもっと良い、と持説を強調することを忘れていない。
ベックワースはまた、直近のエントリで、ローマーとテイラーの意外な共通性を指摘している。それは、金融政策をルールベースにすることにより、確実性を増すことである。その点に関し、ローマーは物価水準目標、テイラーはオリジナルのテイラールール(そしてベックワースは名目GDP目標)を唱えているわけだ。


一方、ベックワースが最初のエントリでリンクしたStephen Williamsonは、ローマー論説に対し辛口の評価を下している。具体的には、以下の点を批判している。

  • 実証派と理論派を善玉・悪玉に見立てている。
  • 実証研究にも、過去のインフレ率の情報がある場合には失業率はインフレ率予測に役立たない、という結果を報告したAndy AtkesonとLee Ohanianの研究がある。素人向けに書かれた経済学者による論説で、フィリップス曲線に関するこうした研究にきちんと言及しないのは、ファインマンの言葉を借りれば、素人を誑かしている(「fool the layman when you're talking as a scientist」)ことになるのではないか*4
  • 6000億ドルの長期国債購入という追加政策が「僅かな経済支援の追加策」と言うが、幾らならば十分なのかを示していない。
  • 物価水準目標を提唱しているが、個人消費支出デフレータについて年率2%を設定し、基準期を2005年第一四半期(あるいは2008年のピーク時、あるいは2007年春以前のどこか)に置けば、現在の水準は未だに目標水準を上回っていることになる。
  • ローマーには「インフレとはいついかなる場合も貨幣的現象である」という視点が欠落している。QE2がまだ道半ばであるにも関わらず、ここ数週間の貨幣流通量は大きく伸びており、前年同期比で7%に近付きつつある。

*1:ここでローマーはサンフランシスコ連銀ボストン連銀の調査結果を証拠として挙げている。なお、日本のトップ経済ブロガーである池田信夫氏は、最近のエントリで、量的緩和の効果を「オカルト」と断じ、ローマーとは対照的な見解を示している。

*2:ここでローマーがリンクしている論文は、「バーナンキ背理法」として日本で有名になった論理が記述されているものである(ただし、その論理は岩本康志氏によって論破されたことに日本ではなっている)。また、講演の方は、本ブログで以前ここここここで取り上げたものである。

*3:その点では暗にオバマ政権の当事者だったローマーを批判しているようにも読める。

*4:同じくベックワースがリンクしたこちらのブログでは、ローマーがフィリップス曲線的用語で実証派の主張を表現したことを「戦略ミス(strategic mistake)」と評している。