求む、新しい経済政策の原則

危機前に主流派マクロ経済学者のコンセンサスが得られていたマクロ経済政策の枠組みを、ブランシャールが(風刺も込めて)以下のように要約しているEconomist's View経由)。

  • 金融政策の基本目標は低位の安定したインフレ。そのための最善の方法は、ルールに基づいた金利政策を実施すること。設計が正しければ、そのルールは信頼され、安定したインフレをもたらし、生産が潜在生産力に可能な限り近づくことを保証する。
  • そうした保証は、基本となる政策金利の水準を定め、そこから金利や資産価格の期間構造に影響を与え、さらにそれによって総需要に影響を与える、という形で達成される。その際、金融仲介機能の詳細は概ね無視しても差し支えは無い。金融規制はマクロ経済政策の枠組みの外にある。
  • 通貨に関しては、各国において、インフレ目標を設定して変動相場制を採る、もしくは通貨ペッグを採る、あるいは共通通貨圏に参加する、という選択肢がある。一般的に言って、中央銀行インフレ目標を追求している場合には、為替相場や経常収支バランスの水準を気にすべき理由は特に存在しない。資本移動規制によって為替相場を管理しようとすることは、間違いなく望ましくない。また、多国間の協調は特に必要ではない。
  • 少なくとも短期においては、財政政策に果たすべき役割があるとしても限定されたものである。金融政策を正しく用いれば、財政政策は実は不要。失業給付といった自動安定化装置が景気後退期に稼動することがあるにしても、裁量的政策は適切に用いられるよりも誤用されることが多い。財政政策は、中期的な観点、および財政の維持可能性という点に焦点を置くべき。


ブランシャールは、今回の危機を受けてこうした原則をどの程度見直すべきか、について討議するセミナーを、来る3月7-8日にIMFで開催するという。主催者はブランシャールのほか、デビッド・ローマー、マイケル・スペンス、ジョセフ・スティグリッツとの由。
そこで話し合うべきテーマをブランシャールは以下のようにまとめている。

  • 経済の不均衡
    • インフレを安定させるのは結構なことだが、今やそれが生産を安定させる保証が無いことが分かった。危機前には、安定した経済成長とインフレが、以下の問題が拡大していくのを隠していた:
      • 生産の中身における不均衡
      • 家計や企業や金融機関のバランスシートにおける不均衡
      • 資産価格に基づく配分の間違い
    • そうした不均衡は高くつくことが明らかになった現在、どうやってそれらの不均衡に対処すべきか?
      • 金融、財政、金融監督の各担当当局が分離した形でマクロ経済政策を実施すべきか?
      • それとも、金融政策の責任範囲と政策ツールを拡大し、生産と金融システムの安定までカバーさせることを考えるべきか?
      • もしそのような拡大を行うのであれば、どのようなツールが存在し、それをどのように使うべきか?
  • 金利
    • 危機の初期においては、中央銀行政策金利を下限、即ちゼロに達するまで切り下げた。それ以降、金利政策を需要喚起策として使えなくなったため、中央銀行は信用緩和ならびに量的緩和を用いるようになった。それについて考えるべきことは:
      • 当初の金利がもっと高かったら、中央銀行の操作の余地がもっと大きかった、という形で助けになっただろうか?
      • 別の言い方をすれば、危機前に中央銀行が採用していたインフレ目標の低い水準、および、それに伴う名目金利の低い平均水準を見直すべきだろうか?
      • また、信用緩和や量的緩和といった政策は、あくまでも非常時のものだろうか? それとも、通常時にも機能し、実施することに意味がある政策なのだろうか?
  • 財政政策
    • 金利がゼロ下限に達した時、財政政策が再び前面に立つことになった。自動安定化装置に頼るだけでなく、多くの国で総需要を増加させるための財政刺激策が実施された。
    • しかしその際、異なる財政手段に関する乗数の大きさ、あるいはその符号自体を巡って議論が巻き起こったことにより、財政政策に関する研究が如何に乏しいか、そして今後どれだけ研究すべきか、が明らかになった。
    • 危機開始以降の政府債務の積み上がり(その大部分は財政刺激策そのものではなく、生産の落ち込みとそれに伴う税収低下によるものだったが)も、多くの問題を投げ掛けた。例えば:
      • 政府債務を十分に減らすには長いこと掛かるにしても、どの程度の水準を目標にすべきなのか? 先進国におけるGDPの60%以下といった昔ながらの目安は、今も有効なのか?
  • 資本移動
    • 危機は非常に大きな資本移動を生み出した。そうした移動は、移動元の国の経済状態にはあまり関係無く、外国の金融機関が資金を本国に急いで戻したいというニーズに基づいて実施されることが多かった。最近は、資金はまた新興国に回帰し、「通貨戦争」と称される摩擦の元になることもある。こうした出来事は、資本移動規制について議論の種を提供する:
      • 各国は大量の資金流入にどう反応すべきか?
      • もしその効果を削ぎたいのであれば、外貨準備を積み上げるべき時と、資本移動規制を掛けるべき時を、どうやって見分ければ良いのか?
      • 各国は独自に最善と考える策を追求すべきか? それとも望ましい行動に関する国際ルールを設定すべきか?
  • 国際金融システム
    • 望ましい行動に関する国際ルールという話は、国際金融システムにも当てはまる。危機はそのことに関する新旧各種の問題を提起した:
      • 国家間の金融政策の協調においては、善意の無視政策が基調となるべきか?
      • それとも、資本移動規制だけでなく、外貨準備の管理、そして金融政策全般にまで国際ルールを設定すべきか?
      • 各国が経常収支の赤字もしくは黒字を積み上げるのは自由に任せて良いのか? それとも何らかの制限を設けるべきか?
      • 危機前には、多くの新興国が割安な為替相場と輸出主導の経済成長に依存していた。こうした国の経済が大きくなり、競争力効果が他国にとって無視できないものとなった後も、輸出主導の経済成長という戦略は国際的観点から見て引き続き許容されるのか?
  • セーフティネット
    • 今回の大不況は、新興国だけでなく先進国においても経済活動の急激な停滞が起こり得ることを示した。危機の間、外国からの流動性は、主に主要中央銀行が提供するスワップラインという形で供給された。それ以降、IMFは新たに2つの流動性供給手段を設けた。それでこの問題は解決されたと考えてよいのか、それともまだ別の手段が必要なのか?