この夏のジャクソンホールとサマーズ

サマーズが(サマーズ自身は出席しなかった)ジャクソンホールの会合を前に、金融政策に関する自分の主張を以下の5点にまとめている

  1. インフレは目標を下回っており、今後5、10、20、そして30年も目標をかなり下回ったままとなると予想されている。
  2. 過去10年も目標ならびにFRB予測をかなり下回っていることから、インフレの加速を予測するモデルには重大な疑念が生じている。
  3. 2%目標というのは平均のはずであり、従ってある時期、特に長い間達成できなかった後は、それを超えるべきである。
  4. 景気拡大の9年目で失業率が4%に近付きつつある時がインフレが目標を上回る時でないというならば、一体その時はいつ来るというのか?
  5. 間違いを犯すのならば修正可能な間違いの方が良く、過去10年の間に我々が苦労した学んだようにインフレはデフレよりも対処が容易である。

その上で、こうしたサマーズの見方に反するものとして以下の2つの地区連銀総裁の見解を取り上げ、それぞれに反論している。

  1. 「急停止(sudden stop)」理論
    • インフレが加速し過ぎたならば、FRBはそれを止めるために金利を急速に引き上げねばならず、その結果経済は不況に陥る、という理論。
    • ローゼングレン・ボストン連銀総裁は、失業率が0.2〜0.3%ポイント以上上昇すると、経済が不況に陥るため最終的にはもっと上昇することになる、という実証結果を引いている*1
    • しかしそのことが意味しているのは、1982年のようにFRBがインフレを止めるために金利を引き上げた際には、FRBは経済を大きく減速させようとしていた、ということに過ぎない。緩やかな減速が目的でなかった時にそれを達成できなかった、というのはあまり証明になっていない。
    • この話は決着が付いてないが、議論は積み重なっている。話を前に進めるためには、フィリップス曲線の崩壊について理解を深めることが不可欠と思われる。イエレン講演の予定稿を見るに、金融政策と資産価格を巡る議論がジャクソンホールでは大きなテーマになるのではないか。

  2. 「金融状況(financial conditions)」の議論
    • 最近の金融再作引き締めは、信用プレミアムや期間プレミアム、株価、為替相場などに見られる全体的な金融状況を引き締めてはいない、という議論。ダドリーNY連銀総裁が最も強力な主唱者となっている。需要を調整しバブルを防ぐためにはさらなる引き締めが必要、ということを暗に主張している。
    • この議論の致命的な欠点は、中立金利の変化と、市場がその将来水準をどう見るか、ということの重要性を見落としている点である。近年の傾向を継続する形で、今後も中立金利が低下し続けるものとしよう。これは貯蓄の供給に比べて投資需要が相対的に減少していることを意味するので、他の条件が等しければ金融を緩和する理由となる。その場合、割引率が低下するので株価は高まり、金利の低下によってドルは下がり、予想実質金利が低下するので長期金利は低下する。即ち、金融緩和が必要とされる経済情勢下でも、金融状況を表す各種の指標はかなりの緩和状態を示す。
    • 同様に、バブルについての判断も中立金利の水準に鑑みて行う必要がある。実質中立金利が2%の時にバブル的に思われる株価収益率の水準も、同金利が0%の時にはそれほどでもなくなる。また、そうした判断は、ファンダメンタルズにも鑑みる必要がある。FRBは昨年に比べて今年は資産価格評価への警戒を強めているようだが、実際のところ、S&P500の現在ないし将来の収益に比べた比率は依然として安定している。ドルの下落は欧州のファンダメンタルズが強くなったことが一因だが、それは彼らの競争力が高まったことを意味すると考えるならば、引き締めではなくむしろ緩和すべきということになる。
    • また、金融政策が長いラグを以って効くことにも注意。資産市場がバブル水準にあると政策当局者が確信しているならば、正しい対応はそれをつつくことではなく、破裂した場合に備えて緩和状態を続ける(ガイトナーの有名な台詞を借りれば、「滑走路に泡を撒く*2」)ことではないか? 金融の安定のために引き締めるのはバブルを事前に予見する能力を必要とするが、それは過大な要求である。

*1:[追記]サマーズがリンクしているローゼングレンの講演資料には該当する記述は見当たらなかったが、こちらの昨年10月のNYTインタビュー記事(cf. Economist's Viewコメント欄での引用ディーン・ベーカーの批判的引用)で「So you don’t see instances where we go from 4.2 percent to 4.7 or 5 percent and level off. What you actually see is when we start tightening we end up with a recession.」と発言している。

*2:cf. InvestopediaUrban Dictionary。ただしWikipediaによると実際の飛行場では現在は行われなくなった、との由。