税制改正批判への素朴な疑問

官庁エコノミストのブログwrong, rogue and booklogで取り上げられているが、ニッセイ基礎研究所が今回の税制改正の家計への影響をシミュレートしたレポートを出している。そこでは3つのケースについてシミュレーションを行い、いずれのケースでも2010年から2011年に掛けて低所得者層の可処分所得が増加する一方、高所得者層の可処分所得が減少すると報告している。これは、高所得者層の負担が重い、という今回の税制改正に対する一般的な批判と整合的な結果である。

そのシミュレーションで可処分所得の変化を生み出している主な要因は、子ども手当満額支給*1というプラス要因と、扶養控除廃止による所得税増額というマイナス要因の2つである。前者が所得によらず一定額なのに対し、後者は累進的な所得税に比例して効いてくるので、シミュレーションの結果はある意味当然と言える。


ただ、レポートでは絶対額でグラフを表示しているが、試しにその増減額を課税所得額で割って比率に直してみると、以下のようになる。

これを見ると、高所得者層の負担が増えるといっても課税所得の1%以内に留まっており、せいぜい0.5%前後であることが分かる。従って、これを元に高所得者層狙い撃ちとして大騒ぎするのは、やや大袈裟なようにも思われる。


また、同レポートでは2011年から2012年に掛けてのシミュレーションも行っているが、そこでは全所得者層の可処分所得が減少している。その減少を上図と同様に比率でグラフ化してみると、以下のようになる。

これを見ると、ケース2や3では、最上位(1800万円)を除き、負担がむしろ逆進的になっている。


さらに、ここで注意すべきは、レポートの3つのケースではすべて、15歳以下の家族がいることである。これは、15歳以下の子どもが子ども手当の支給対象となっていると同時に、今回の改正で扶養家族控除の対象から外れることを意識していると思われる。しかし、16歳以上18歳以下の子どもは、子ども手当の支給対象とならない一方で、今回の改正では特定扶養家族の対象から外れ、扶養家族控除が一人当たり25万円の減額(63万円→38万円)となってしまう。これは今年4月に導入された高校授業料無償化と引き換えということらしいが、2010年と2011年と比較した場合の可処分所得減少要因になることには変わりない。
そこで、試しに(いわばケース4として)高校生2人の子どもがいる家計を考え、25×2=50万円の控除額減少に各所得層の税率を掛け、実効税率への影響を表してみると、以下のようになる。

ここで所得層は100万円刻みで取り、税率の境界にある所得については上方の税率を適用した。上段のグラフに税率と実効税率(ここでの実効税率はあくまでも所得税率表の控除額のみ考慮したものである)、下段のグラフに50万円の控除額減少がもたらす税率ベースの負担増を示した。下段の棒グラフが税率の変化幅、折れ線グラフが変化率となっている。

これを見ると、税率の境界でのでこぼこはあるものの、やはり概ね逆進的に効いてくることがわかる。100万円や200万円の低所得者層では負担増が課税所得の2.5%に達し、実効税率が1.5倍に跳ね上がることになる。一方、1500万円を超える高所得者層では負担増は1%前後に留まり、実効税率はせいぜい1.05倍になるに過ぎない。



今回の税制改正は、法人税を引き下げ、控除を縮小するという面だけを見ると、保守派の人々が常日頃唱えている方向に近づいているように思われる。たとえばマンキューは、フェルドシュタインのWSJ論説を紹介した7/20のブログエントリや、先月20日のNYT論説で、各種控除措置を指す「tax expenditure」を極力無くすべし、と唱えている。その上で、税率を下げていこう、というわけだ。そうしてみると、もしマンキューが今回の日本の税制改正を見たならば、あるいは正しい方向への第一歩と評価してくれるかもしれない。

*1:[12/19追記]ここで言う満額とは、2010年には半年分しか支給されなかったものが、2011年には1年分支給されるという意味。月額は1万3千円で変わりない。ただし、3歳未満には7千円の上乗せを想定している。
なお、その場合、単純計算では、ケース1(1歳+4歳)では2010年が(1.3+1.3)×6=15.6万円、2011年が(2+1.3)×12=39.6万円となり、差は24万円になるはずだが、レポートでは19.8万円となっている。これは上乗せの実施が2011年の年後半から開始され、実質半年分しか支給されないことを想定していると思われる(即ち、ケース1の2011年の子ども手当は(1.3+1.3)×6+(2+1.3)×6=35.4万円で、35.4−15.6=19.8万円)。ちなみに、レポートの(図表9)では2011年から2012年に掛けてケース1の子ども手当が4.2万円増額するとなっているが、これはその上乗せ分の1年分支給と半年分支給の差(39.6−35.4=4.2万円)と思われる。