Show me the money!

長期国債を購入する量的緩和政策について、単に国債の満期の長短の構成を変えることと等価である、という議論をこのところ良く目にする。たとえば、QE2に絡んでクルーグマン*1やジェームズ・ハミルトン*2がそう論じている。


その反面、実際に需要曲線と供給曲線を図に描いて国債の購入者と発行者の余剰分析をしてみると、必ずしも両者は等価とは言えないのではないか、という気もする。以下に、その点を簡単に論じてみる(なお、以下の議論は経済学の素人の思いつきの域を出ない話である、ということは予めお断りしておく)。


まず、長短構成を変える場合を考えてみる。具体的には、ある国債発行の回において、長期債の発行高を当初予定より減額し、その分、短期債の発行高を増やす場合を想定する。


以下は、長期国債の減額に関する需給図である。横軸を発行量とし、縦軸は(利回りではなく)価格とした。

ここでは、長期国債の発行者が入札価格によって発行量を変更することは想定せず、供給曲線は垂直線とした*3。一方、需要曲線は通常の右下がりの曲線とした。

今、発行量をBCからB'C'に減らした場合、発行価格はP1からP2に上昇する。結果として、長期債発行者の余剰(=発行額)はOBCDからOB'C'D'に変化する。また、購入者の余剰はDCEからD'C'Eに縮小する。両者を合わせた総余剰はOBCEからOB'C'Eに減少する(斜線部が減少分)。


上の図ではP1とP2の差をデフォルメしているため国債発行者の余剰の変化方向が分かりにくいが、通常は増加分DFC'D'に比べ減少分B'BCFの方が大きいので(さもなければ減額にならない)、それを賄うだけ短期債の発行を増やすものとする。即ち、下図における斜線部が、長期債の発行額減少分と一致するように短期債の発行量を増やすものとする。


ここでは流動性の罠に陥っている状態を想定しているので、短期金利はゼロに張り付いたままとなり、短期債価格は増額前後で変化しない。そのため、需要曲線は水平線(価格弾力性は無限大)となり、短期債購入者の余剰の変化はゼロとなる。別の言い方をすると、短期債と現金は等価物になっているので、両者を交換しても購入者にとっては無差別な状況となっている。


結局、長短入れ替え操作の前後で、短期債購入者と政府の余剰に変化は無く、長期債購入者の余剰が減少する。


一方、長期債を中銀が買い入れる場合は、その購入分が需要曲線に上乗せされるので、下図のように需要曲線がシフトする。

この時、長期債発行者の余剰(=発行額)はOBCDからOB'C''D'に増加するが、購入者の余剰はDCEがD'C''E'にシフトするだけで、値に変化は無い。発行者の余剰の増加分DCC''D'(斜線部)は、需要曲線のシフト分ECC''E'に等しく、中銀がマネタイズした分に相当する*4
つまり、長短構成の変更では通算すると長期債購入者の余剰が減少するだけだったのに対し、量的緩和では政府の余剰が増加する。これは両者の大きな違いと言える*5


また、長短構成の変更の際は単に短期債市場でのゼロ金利の維持に使われるだけで姿が見えにくかった中銀供給の現ナマが、長期債市場における量的緩和では純粋な増分としてその姿を見せている。これはシニョリッジに他ならず、インフレの一つの要因となる。そのように考えると、量的緩和がデフレ脱却の一助となるのではないかと期待される所以がより理解できるような気もする。

*1:10/23ブログエントリ邦訳)およびその補足の10/25ブログエントリ邦訳)。なお、池尾和人氏は前者のエントリを自身のagoraのエントリと同じ論理だと評しているほか、『金融政策論議の争点』における小宮隆太郎氏とも同じ、と指摘している(池尾氏のagoraの補足エントリ関連エントリも参照)。

*2:最近の共著論文や、それをEconbrowserで紹介した9/12エントリ。また、QE2反対論をまとめた10/20エントリの(3)では、ロバート・ワルドマン(コメント欄にも登場している)やロバート・ホールの同様の意見も紹介している。
ちなみに、論文では、「If the private sector were indeed indifferent between holding freely created reserves and long-term Treasury debt, one wonders why the Federal Reserve wouldn’t want to buy up the entire stock of outstanding public debt, thereby eliminating the need for future taxes to service that debt.」という(最近岩本康志氏池田信夫氏が厳しく批判した)バーナンキ背理法もどきの記述も見られる。

*3:0円でも発行するというのは非現実的だが、ここでは発行額と発行者の余剰を一致させるという簡単化のためにそう仮定した。[11/5追記]供給曲線を垂直線としたままでより現実に近づけるならば、入札価格がある留保価格を下回ったら発行を中止する、といった形が考えられる。その場合、発行者の余剰は、(発行価格−留保価格)×発行量、となり、発行額と一致しない(留保価格をゼロとすれば一致する[=元の仮定])。

*4:[11/5追記]なお、中銀が直接新規発行を引き受けず市中から購入する場合は、この斜線部分には、中銀のマネタイズ分だけではなく、金融機関が長期債の新規発行を引き受けた後に中銀に売却した際の鞘取り分が含まれることになる。ただ、金融機関同士の競争が十分に働けば、均衡ではその鞘取り分はゼロに近付いていく。

*5:[11/29追記]ただし、量的緩和においても、購入者のシフト後の余剰D'C''E'のうちC'C''E'Eは中銀の余剰なので、民間購入者だけの余剰を見ると、長短構成の変更の場合と同じくD'C'Eに減少する。なお、長短構成の変更の場合、購入者の余剰減少分のうちDFC'D'は政府の余剰への移転だが、FCC'は死荷重損失である。一方、量的緩和の場合にはそのような死荷重損失は発生しない。