エルンスト・フェール:いかにして私は経済学の誤りを発見したか

先月初めにニューサイエンティスト誌のサイトに表題の記事が掲載されたEconomist's View経由;原題は「Ernst Fehr: How I found what's wrong with economics」)。今は当該サイトではペイウォールの向こうに行ってしまったために記事全文が読めなくなっているが、こちらのブログで最初の部分が引用されているほか、こちらのサイトで全文が転載されている。


そこでは、低賃金労働に関する彼の発見が以下のように記述されている。

Twenty years ago, Fehr had a seemingly sensible idea – that a deep-seated human preference for fairness might play an important role in economics. He thought it might explain why companies – even in countries without a minimum wage – don’t offer jobs paying wages far below the standard, despite research showing plenty of unemployed people would willingly take the work. It doesn’t happen, he suggested, because companies know that workers hired at a lower wage feel they are being cheated, causing them to grow disgruntled and work less hard.
Fehr wrote a paper on the idea that fairness matters, which was promptly rejected by every prestigious economic journal he sent it to on the grounds that people only care about how much they get for themselves, not how that compares to what others might receive. "Most economists would be deeply unhappy if paid less than what they consider to be fair, so I thought I had a convincing answer," Fehr says. "But I found out that in theoretical economics, fairness just doesn’t count."
However, as a former Austrian national wrestling champion, Fehr doesn’t give up easily. Over the past decade, he has pursued his ideas on human fairness far past their relevance to employment, and he is now experiencing something of a reversal of fortune. His work is overturning 50 years of economic wisdom about motivation, showing that most economists have overlooked one of the most important factors determining economic outcomes: our values about fairness. "We’ve moved past the doubt stage," he says. "There are now fewer serious critics."
(拙訳)
20年前、フェールにもっともらしいアイディアが閃いた。人々の公平さへの渇望が、経済学で重要な役割を果たすかもしれない、というものだ。そのことが、最低賃金制度の無い国においても、企業が標準を遥かに下回る賃金の仕事を提供しない――研究によれば、そうした低賃金での労働を喜んで引き受ける労働者は数多くいるにも関わらず――理由になっているのではないか、と彼は考えた。低賃金で雇われた労働者は、騙されたと感じ、徐々に不満が鬱積し、真面目に働かなくなる。企業がそのことを知っているために、そうした仕事は提供されないのではないか、と彼は考えた。
フェールは公平さが重要だというアイディアに基づいて論文を書いたが、その論文を送った先の一流の経済誌では悉く即座に却下されるという憂き目に遭った。人々は自分がどれだけ受け取るかを気にするものであり、他人の受け取りとの比較を気にすることはない、というのが掲載拒否の理由だった。「大抵の経済学者は、自分が公平と考える水準よりも給料が少なかったら非常にがっかりするでしょうから、彼らを納得させる答えになっている、と私は思っていました」とフェールは言う。「しかし、理論経済学では、公平さというものは論外だということを知りました」
しかし、オーストリアレスリングで国のチャンピオンになったこともあるフェールは、簡単には諦めなかった。過去10年間、彼は人々の公平さに関する自分のアイディアを雇用関連に限らずに追究し続けた。そして、今や運が彼に向きつつあるようだ。彼の仕事は、人々の動機に関する50年間の経済学の常識を覆し、ほとんどの経済学者が、経済上の動向を左右する最も重要な要因の一つ、即ち、我々の公平に関する価値観、を見落としてきたことを示した。「疑いの段階は過ぎました」と彼は言う。「まともな批判者はどんどん減っています。」


従来の経済学の低賃金労働の不在に関する理論は、たとえばここで池尾和人氏が説明しているように、あくまでも個人の効用における賃金と余暇との比較で決まる、というものだった。上記に記述されているフェールの貢献は、それに、他人との比較による公平感、という新たな分析軸を持ち込んだ、ということのようだ。


ちなみにフェールの研究についての日本語の記事としては、こちらで本人のインタビュー記事が読めるほか、こちらでは(上記のニューサイエンティスト記事でも言及されている)テストステロンに関する彼の最近の物議を醸した研究が報告されている。