ジョン・テイラーが2/2のブログエントリで、施行から1年経って、景気対策法による財政刺激は無効だったことが明らかになった、と主張している。彼はGDPに関する最新報告の数字を元にグラフを描いて、昨年後半の米国の経済成長が主に民間設備投資の回復によるものであり、政府の需要項目の寄与はゼロに等しかったことを示している。
本当だろうか? ぐぐって調べてみると、商務省経済分析局(BEA)のSurvey of Current Businessの昨年12月号に、米国再生・再投資法(American Recovery and Reinvestment Act=ARRA)が連邦財政の主要各項目に与えた影響を調査した結果が掲載されていることが分かった(リンク先pdfのp.4)。そこには以下のように書かれている。
BEA tracks the portion of federal government sector receipts and expenditures in the national income and product accounts that are affected by the provisions of the ARRA. Many of the ARRA-funded transactions— such as grants, transfers, and tax cuts—are not directly included in gross domestic product (GDP), because GDP only includes government spending on goods and services. However, these transactions affect GDP indirectly by providing resources to households, businesses, and state and local governments to fund personal consumption expenditures, business investment, and state and local government spending. BEA’s accounts do not identify the indirect effects of ARRA on these components of GDP, so the overall effect of ARRA on GDP cannot be presented. The estimated impact of tax cuts and spending authorized by the ARRA on specific federal government transactions are shown in the accompanying table.
その分析表によると、昨年第1〜第3の各四半期にARRAが連邦財政に与えた影響は、それぞれ702、2851、2383億ドルとのことである(季節調整済みの年率換算値であることに注意)。
ところが、項目別に見ると、GDP需要項目である政府消費に与えた影響は、そのうち毎期僅か4億ドルに過ぎない。もう一つの政府のGDP需要項目である粗投資については、記載すらされていない*1。
つまり、政府のGDP需要項目におけるARRAの効果がゼロに等しいことは、BEA自身が認めているわけだ。上の引用にあるように、ARRAのほとんどは移転支出や減税というわけである。ただ、そのことは以前から分かっていたはずのことで、いわばバグではなく仕様だったように思われる。そう考えると、テイラーが今更騒ぐのも少し妙な気がする。
なお、テイラーは、自分の以前のエントリを引いて、移転支出や減税といった形での政府支出は景気刺激にならないことは証明済み、とも書いている*2。
上記の話に出てきた統計を、以下にグラフの形でまとめておく。
まずは、上述のSurvey of Current Businessの記事から、連邦政府の経常収入(Current receipts)と経常支出(Current expenditures)、およびその差額である純貯蓄(Net federal government saving)。
(季節調整済みの年率換算値。名目ベース。単位10億ドル。収入を正に、支出を負に取った。以下同じ)
次いで、上記の純貯蓄(折れ線グラフ)と、経常収入と経常支出それぞれに対するARRAのインパクト。
ここでも書いた話だが、現在の財政赤字に占めるARRAの割合は意外に大きくない(図の期間ではせいぜい2割程度)であることが分かる。
また、テイラーの引用したGDP速報レポートから、政府のGDP需要項目を積み上げ棒グラフで示すと、以下のようになる*3。
テイラーの指摘するように、(名目ベースでも)ほとんど横ばいで推移したことが分かる。
さらに、BEAの統計ページからの数字も合わせて、連邦+地方の政府全体ベースの収支を描画したのがこちら*4。
第1四半期から第2四半期に掛けて、その他経常支出が2000億ドル程度増加しているが*5、第2四半期から第3四半期に掛けては伸び悩んでいる。ここで紹介したクルーグマンの12/27ブログエントリでの懸念が、早くも表れた格好である*6。
*1:そもそも、後で見るように、連邦政府の非国防粗投資は消費に比べ額が一桁小さい。
*2:こうした見解についてのテイラーと財政政策支持派の論争については、拙ブログでこれまで何度か紹介してきた。最近で言えばこれ。
*3:ここでは連邦政府(Federal)の消費(Consumption expenditures)と粗投資(Gross investment)をそれぞれ国防(National defense)と非国防(Nondefense)に分けているほか、州・地方政府(State and local)の消費と粗投資も示していることに注意。
*4:ここで「その他経常支出」は、経常支出から消費支出を差し引いたものとして定義した。具体的には、経常移転支出(Current transfer payments)、利払い費(Interest payments)、補助金(Subsidies)から成る。
粗投資は、財政統計上、経常支出に含まれず、総支出(Total expenditures)に含まれる。
財政バランスは、(Net lending or net borrowing (-))は、総収入(Total receipts)と総支出の差額である。
なお、総支出に含まれる項目は、経常支出と粗投資のほかに、資本移転支出(Capital transfer payments)、非生産資産の純購入額(Net purchases of nonproduced assets)、控除項目である固定資本消費(Consumption of fixed capital)があるが、それらを通算すると(収入と同じ符号の)プラスの値になって紛らわしいので、上図では省略した(第1〜第3の各四半期の額はそれぞれ755、1341、2160億ドル)。また、総収入は経常収入と資本移転収入(Capital transfer receipts)の合計として表されるが、後者はそれほど大きな額ではないので(300億ドル強)、やはり上図では省略した。
*5:内訳を見ると、経常移転が1660億ドル、利払いが455億ドル増加。
*6:ちなみに、クルーグマンは同エントリで、ARRAの仮想的な時系列分解を行なっているが、その際、「支出と減税の区別は行なっていない」と断っている。しかし上のSurvey of Current Business記事からすると、実際には、その支出も、実はGDPに直接影響する支出ではなく、移転支出だった、ということになる。