カサアゲノミクスの内訳

本石町日記さんツイート経由で、昨年末のGDP改定において名目GDPが2008SNA対応以外の要因で増加したことを問題視している人がいることを知った。具体的には、こちらの公表資料の1ページ目などに記されている改定前後の比較表の差分において、「うち その他」という項目が2013年度から2015年度に掛けて急速に増加している(2012年度=0.6兆円、2013年度=4.0兆円、2014年度=5.3兆円、2015年度=7.5兆円)のは、アベノミクスを良く見せるために数字が操作されていることの証左である、という指摘である。

その方が著書の編集者を通じて内閣府に問い合わせたところ、「その他」の内訳は無い、という回答が返ってきたという。そのため「私はこの回答をもって,GDP改ざんを確信した」とのことである。
ただ、その方の10/12のブログ記事に掲載されている内閣府の回答メールでは、参考資料として幾つかのリンク先が挙げられており、その中には内閣府経済社会総合研究所の「季刊国民経済計算」第161号の論文も含まれている。同論文は「内閣府経済社会総合研究所国民経済計算部」名義の基準改定の解説であるが、実は、同じ号に同部の担当者名入りの論文も掲載されており、そちらを読めば、問題の「その他」の内訳もある程度当たりを付けることができそうに思われる。


具体的には、そちらの論文では民間企業設備について以下のようなことが書かれている。

  • 2008SNA対応の一環である「R&Dの資本化」により、民間企業分(対家計民間非営利団体分を含む)のR&D投資額が上方改定要因となっている。
  • しかし、同時に、『平成23 年産業連関表』の取込みにより、建設部門や自動車部門の総固定資本形成(産出・供給された建設サービスや自動車が投資に回る分)等が下方改定されている。
    • この減少要因は、建設部門における産出額の推計手法見直しの影響もあり、直近年度ではより小さなものとなっている。
  • そのため、民間企業設備の実際の改定幅は、民間企業分(対家計民間非営利団体分を含む)のR&D投資額よりも小さくなっている。

論文に掲載されている表から、民間企業分のR&D投資額と、民間企業設備の上方改定分を拾い、差額を計算すると以下のようになる。

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
研究・開発(R&D)の資本化
(市場生産者の総固定資本形成分)
14.3 14.9 14.7 13.1 13.1 13.3 13.3 14.0 15.1 15.8
民間企業設備・新旧差 9.8 7.1 7.8 6.6 6.2 6.1 7.0 10.1 12.0 11.1
-4.5 -7.8 -6.9 -6.5 -6.9 -7.2 -6.3 -3.9 -3.1 -4.7

最下行の差額は、総固定資本形成の下方改定分をざっくりと計算した値と考えられる。


また、民間最終消費支出と政府最終消費支出については以下のようなことが書かれている。

  • 民間最終消費支出は、2008SNAへの対応というより、その他の要因によって上方改定されている。
    • 一つには、今回の基準改定で、住宅賃貸料(帰属家賃を含む)の推計の基礎統計である『住宅・土地統計』(総務省)の二回分の調査(平成20(2008)年、25(2013)年調査)を取り込んだ*1ことにより、2000 年代半ば以降、民間最終消費支出の水準が上方改定された。
    • また、2015 年度については、速報値から詳細な基礎統計を取り込んだ年次推計値に改定された際、特に民間最終消費支出への影響が大きかった。
  • 政府最終消費支出については、R&Dの計上方法の変更(研究開発投資分を控除する一方、これに係る固定資本減耗を新たに計上)といった2008SNA対応の影響を受ける需要項目ではあるが、これによる改定は小さく、むしろ公費負担医療給付*2を民間最終消費支出ではなく本項目に計上したことなど、主に通常の基準改定要因により上方改定されている。

民間最終消費支出と政府最終消費支出の改定前後の差額を拾うと以下のようになる。

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
民間最終消費支出・新旧差 1.4 2.2 3.3 3.0 3.0 2.0 2.8 4.3 5.2 7.9
政府最終消費支出・新旧差 2.6 2.6 2.4 2.3 2.6 3.1 2.9 3.0 3.3 3.8
4.0 4.8 5.7 5.3 5.6 5.1 5.7 7.3 8.5 11.7

政府最終消費支出の上方改定分も、旧基準で民間最終消費支出に分類されていた項目が大宗を占めると考えるならば、最下行の合計値が基準改定による消費の上方改定分を推計した値と考えられる。


最初の表と2番目の表の最下行を通算したものと、内閣府が「その他」に分類した改定要因を並べると以下のようになる。

2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015
投資と消費の08SNA以外の要因の推計値 -0.5 -3.0 -1.2 -1.2 -1.3 -2.1 -0.6 3.4 5.4 7.0
内閣府・その他 -0.6 -3.4 -1.2 -1.1 -0.8 -0.1 0.6 4.0 5.3 7.5

かなり大雑把な推計ではあるものの、当たらずといえども遠からず、という結果になっている。なお、誤差が大きくなっている2011年付近は在庫の改定前後の差が拡大している期間であるため、おそらく在庫要因が影響しているものと思われる。

*1:原注:前回の基準改定であり、2011 年度に実施した「平成17 年基準改定」においては作業スケジュールとの兼ね合いにより「住宅・土地統計」の平成20 年調査結果を取り込むことができなかった。

*2:原注:生活保護における医療扶助分等である公費負担医療給付について、17年基準では「経常移転」の内訳項目である「現物社会移転以外の社会給付」の「社会扶助給付」として計上していた(すなわち、家計が経常移転を受けて、家計が最終消費支出しているものとして計上)ところ、23年基準では「政府最終消費支出」の内訳項目である「現物社会移転」の「現物社会移転(市場産出の購入)」に計上するよう扱いを変更した。