カナダからのブログ・流動性の罠のもとでは投資は公共財となる


「Canucks Anonymous」エントリ紹介シリーズの8回目。今日は5/27エントリ

流動性の罠のもとでは投資は公共財となる


本エントリは、直近2つのエントリ(ここここ)の続きである。ここで想定しているのは、自然利子率がマイナスだが、期待インフレが十分でないために、各主体が消費か貯蓄かの選択を行なう時に想定する実質金利が、自然利子率ほどは低くならない状況である。その状況では、各主体の消費のオイラー式を満たす消費水準は完全雇用の消費水準より低くなる。換言すれば、オイラー式を満たす貯蓄水準が高すぎることになる。また、追加的な貯蓄は実質投資に回ることはない。というのは、投資の限界収益がリスクに見合ったものではないからである。このようにリスクプレミアムによって投資需要が不足するのは、投資の限界収益がまだプラスの場合でも起こり得る。


ここで述べたように、将来の期待インフレをもたらすことなしに単に貨幣供給を増やすだけでは、いくら札を刷ろうが何も起きない。その理由は、各主体が一種の囚人のジレンマ型の均衡に陥っているからである。皆が何が起きているか理解したとしても、協力して支出を増やす術はない。各主体が消費よりも貯蓄を選好し、かつ利用可能な投資への出資を渋るならば、たとえ今は支出を増やすことが皆に取って良いことだと皆が理解していたとしても、自分以外の経済がどう動くと想定するかに関係なく自分は支出しない方が良い。自分以外の皆が支出すれば、自分が支出しなくても恩恵を蒙るし、自分以外に誰も支出しなければ、自分が支出しても恩恵には与れない。ということで、支出しないことが皆に取って支配戦略になるのである。


その意味で、流動性の罠において投資は道路のような公共財になる。もっと投資支出を増やすのが望ましいと皆が理解していても、実際に支出するのは誰かほかの人にしてくれ、というわけだ。となると、政府が直接投資するというのが恐らく解決策になる。それに、政府がそうした支出を賄うために新たな債券を発行すれば、それはインフレ的であり、罠を脱出するのに役立とう。しかし、中央銀行が価格水準の安定にこだわり、インフレを避けるために引き締め政策を取ったとしたらどうか。政府の支出は、流動性の罠に囚われ続けている間も所得を増やしはするだろうが、インフレ期待を醸成しなければ罠から脱出することはかなわないだろう。


最終手段の一つは、中央銀行が、後で民間に売り戻すという意図を持って、実質投資を買い上げることだ。例えば、あるコメンテーターは以下のように提案している。

中央銀行が、収益率がマイナスの限界的投資プロジェクトを、収益率がゼロの貨幣で購入し、次の期に購入価格で売り戻すとする。交換に応じた人は皆損失を避けることができ、その損失は中央銀行が負うことになる。

この考えの問題点は、投資の実質収益率が本当にマイナスであるならば、民間が保有する貨幣すべてのポートフォリオの実質収益率はゼロにはなり得ないことだ。投資の実質収益率が-3%であるとしよう。明日になり、各主体が消費する準備ができても、所有する貨幣について皆がゼロの収益率を得ることは物理的に不可能である。というのは、追加された貨幣に対し、生産能力は1対1で増加していないからだ。もし中央銀行が貨幣供給を変えないとすると、これは必然的におよそ3%のインフレをもたらす。もし中央銀行がこのインフレを避けようとすると、価格水準を維持するために通貨供給を縮小せねばならない。ということで、市中で流通し続けていた貨幣は実質収益率ゼロを実現できたとしても、貨幣すべてについてはそれは実現できないことになる。貨幣の一部は、単に中央銀行に吸収されるが、中央銀行は先延ばしにされた消費とその貨幣を交換するわけではない。従って、その貨幣の実質収益率は、全体として、投資の収益率の-3%以上になることはないのである。


つまり、利用可能な投資の収益率がマイナスである場合、中央銀行がそれを買うことによって達成できるのは次の2つのいずれかだけである。一つはすべての発行通貨で実質損失を等しく分かち合うようにすることである。これはインフレを意味する。もう一つの可能性は、経済の大部分の貨幣の実質損失はゼロとし、僅かな一部分の貨幣にすべての損失を負わせることである。


最後の段落に記述された「一部分の貨幣にすべての損失を負わせる」とは、イメージとしては、FRBが信用緩和で抱え込んだ資産の減損分を償却し、貸方を同額減少させるという形が想像される。その場合、償却費用化して減少させる貸方の選択(貨幣or超過準備or財務省預金or自己資本orそれ以外)が課題になろう。一例としては、超過準備をその償却に充てることにし、能力に応じて各銀行に負担してもらう、という民間銀行に対する奉加帳方式が考えられる。
あるいは、信用緩和で資金を供給した主体に対しきっちり落とし前を付けてもらい、買い入れた資産を――マイナス3%の収益しか生まないことが判明したガラクタであろうが何だろうが――元の買い入れ価格でそのまま売り戻す、という形も想像できる。

ただ、期間投資収益率が-3%であったとしても、今後の収益を考慮して形成される評価価格(=資産価格)が投下資金を上回ることはあり得る。その場合、その評価益で当面の-3%の損失が補えれば、上記の問題は回避できることになる。その点はAdam P氏が考慮していない点である。