実質為替レートの意味

昨日紹介したクルーグマンサミュエルソンの追悼エッセイで、「国際貿易の分野で仕事をしている人の多くは、議論が為替相場と国際収支に及ぶと、筋道の通らないことを言い始める(Most people who work in international trade tend to lose the thread when the discussion turns to exchange rates and the balance of payments)」という文章があった。クルーグマン12/28ブログエントリでは、まさにそういった“筋道の通らないことを言い始めた”例とも言うべき発言を槍玉に挙げている。具体的には、a)インフレ懸念 とb)人民元切り上げ拒否 を同時に表明した温家宝の発言である。
クルーグマンは、両者が矛盾していることを以下のように説明している。

Consider the real exchange rate, defined as RX = EP*/P, where E is the exchange rate measured as the domestic currency price of foreign currency (so an appreciation of the renminbi is a fall in E), P* is the foreign price level, and P the domestic price level. Basic international macro says that there is a “natural” level of the real exchange rate, determined by trade competitiveness and international capital flows. And the economy “wants” to get to that real exchange rate.

If you have a floating exchange rate, you get there via a rise or fall in E. But if you have a pegged rate, there’s pressure on prices instead. By deliberately keeping E higher than it would be under floating, China is creating pressures for P to rise; the inflationary pressures are directly related to the exchange rate policy.
(拙訳)
RX = EP*/Pとして定義される実質為替レートを考えてみよう。ここでEは、外貨単位の国内通貨価格として計測された為替レートだ(つまり人民元高はEの低下となる)。またP*は外国の物価水準であり、Pは国内物価水準である。基礎的な国際マクロ経済学では、実質為替レートには、貿易の競争力や国際資本移動によって決まる「自然」水準があるとされる。そして経済は、その実質為替レートに達することを「欲する」。
変動為替相場制のもとでは、Eの上昇もしくは低下でそれが達成される。しかしもしペッグ制を採用していると、代わりに物価に圧力が働く。変動為替のもとで達成されるよりもEを人為的に高く維持することにより、中国がPに上昇圧力を作り出しているわけだ。つまり、インフレ圧力は為替政策に直接に関連しているのである。

ちなみに、日本でも、為替レートとインフレ(デフレ)について、以下のような2つの主張をしばしば同一の論者から耳にする。

  • デフレは国内要因ではなく、海外要因によりもたらされた*1
  • 円高が進んでいるように見えるが、実質為替レートではまだ円安である*2

しかしクルーグマンの議論を敷衍すると、この両者もまた矛盾した考え方であることが示される。上の二つの主張をクルーグマンの式 RX = EP*/P において表現すると以下のようになる。

  • Pの低下はP*の低下によってもたらされた。
  • Eの値は低下し続けているが、RXの値は依然として大きすぎる。

後者の主張は、Eと(P*/P)において、Eは低下しているが、(P*/P)がそれ以上に上昇しているため、両者の積が高い水準に留まっている、ということを主張している。このことは、P*が下がっていたとしても、それ以上にPが下がっているということを意味している。

しかし、もし前者の主張通り、Pの低下がP*の低下によってもたらされたならば、Pの低下速度はP*の低下速度より小さいか、せいぜい同程度のはずである。つまり、両者の主張は矛盾しているのである。


また、前者の主張は、日本の製品がコモディティ化し、日本製品の需要が供給に比して減退したため、Pが低下したということであるが、そもそもクルーグマンの指摘する通り、変動為替相場のもとでは、そうした調整はEの上昇(=円安)によって行なわれるはずであり、国内物価Pの低下で調整される理由はない。

おまけに、後者の主張の方には、RXが円安すぎるのだから、Eはこれからますます円高になる、という脅しめいた予測が常に付随している。すなわち、前者の主張において、海外と国内の物価水準の調整に際しては何の役割も果たさないことが前提とされた名目為替レートが、後者の主張では、実質為替レートが過去の平均値か何かに回帰するために、俄然、変動するようになる、というのである。この点でも両者の主張は矛盾している。


一方、Pの低下を国内要因により生じたデフレと解釈すると、P*以上にPが低下したことにより、RXを自然水準に保つため、Eも低下した(=円高が生じた)、というのがクルーグマン式に基づく現状説明になる。個人的には、こちらの方が素直な説明に思われるが、いかがだろうか。

*1:例:これ

*2:例:これ