昨日のエントリでギャグノンの主張を取り上げたブログエントリを幾つか紹介したが、その中に「Economists for Firing Larry Summers」というものがあった。これは名前の通りサマーズのオバマ政権からの解雇を訴えるブログで、複数の経済学者による共同ブログの体裁を取っているが、実際はソースティン・ヴェブレンをペンネームとする全米30位以内の経済学部の博士課程の学生が一人で運営しているものらしい。この“ヴェブレン”君は学部の卒業論文で日本をテーマにしたとのことで(cf. ここ、ここ)、日本については日本のリフレ派まがいの主張をたびたび行なっている。
たとえば、ギャグノンの論文を取り上げた12/5エントリでは、次のように書いている(拙訳)。
残念ながら、日本の中央銀行は10兆円より多くの策を講じるには保守的すぎる。悲しいことだ。
私が特に頭に来るのは、日本の金融関係のメディアが、時折り学界の研究を読んだり経済学者と話したりするにも関わらず、経済学界からのメッセージを理解していないことだ。そのメッセージとは、そう、日本はちょっとばかり円を刷るべきであること、および、日本の金融政策がこれまで20年にわたって大きな間違いを犯してきたことが、まったくもって明白であることである。
クリス・シムズやマイケル・ウッドフォードのホームページを訪ねた人は、そこで提示されている洗練されたモデルや豊富な研究に感心すると思うが、しかし彼ら金融学界の巨人は、FRBや日銀の金融政策について、素人目にも完全に明らかなように明確に述べるほど洗練されているだろうか? その点は個人的に疑問だ。それに、以前このブログに書いたように、ブランシャールは、学部向け教科書で、日本のことを完全に間違えて記述している*1。
また、ポズナーに噛み付いた11/22エントリでは次のように書いている(拙訳)。
まず、ポズナーは次のように書いている。「日本は1990年代を銀行業界の崩壊から立ち直ろうとして失敗することに費やした…積極的な金融と財政の政策も効を奏さなかった」
実際には、日本の中央銀行は過去20年間、ほぼ無為に過ごした…。確かに3000億ドルという多額の量的緩和を行なったが、状況が少し改善の兆しを見せると、さっさと全部元に戻してしまった。すると、すぐその後に、さらなるデフレと景気後退が続いた。これがポズナーが「積極的な金融政策」と呼んだものの正体であり、その呼び方を無意味な言葉たらしめている(そして、巨額の赤字にも関わらず、「積極的な財政政策」という評価も大いに議論の余地がある)。
ポズナーは2番目の文章でも再び間違えている:「こうした政策の結果、日本の国家債務は膨れ上がった…」。しかし、当然ながら、真の量的緩和によって日銀は巨額の債務を永久に吸収できたはずなのである。
日本にとって明白な解決手段は、単に巨額の債務をマネタイズすることだ。これは一石二鳥どころではなく、一石で雁の群れ全部を殺すようなものだ。考えてみると、紙幣の印刷には以下の効果がある。
なぜ日本がこうしたこうした手段を取らないかは、保守的な人間の精神を支配するあの固有の狂気によるものであり、理屈の問題ではない。