日本における非伝統的金融政策と債務の持続可能性

というのが、前回エントリで紹介したブランシャールのツイートで、確率的債務持続可能性分析(stochastic debt sustainability analysis=SDSA)の好例として取り上げられていたSSRN論文のタイトルである(原題は「Unconventional monetary policy and debt sustainability in Japan」)。著者はEnrique Alberola(スペイン銀行)、Gong Cheng(BIS)、Andrea Consiglio(パレルモ大)、Stavros A. Zenios(キプロス大)。

論文の中心的な結果は以下の図5に表されている。

横軸が年、縦軸が債務GDP比率であり、赤線と青線はそれぞれ下から順に10%、25%、50%、75%、90%の確率での分位グラフである(50%は破線、他は実線)。赤線は実際のデータならびに今後も日銀の質的・量的金融緩和(Quantitative and Qualitative Easing=QQE)が継続すると仮定した場合(Factual)のグラフであり*1、青線はQQEなかりせばの反実仮想(Counterfactual)のグラフである*2。赤線では債務GDP比率は安定化するが、青線では少なくとも75%の分位は上放れしており、QQEが債務の持続性に重要な役割を果たしていることが示されている、と論文では主張している。

ちなみにここで使用された国債利回りの推移は以下の通り。青線がCounterfactual、赤線がFactual*3。Counterfactualは「(論文)「点検」補足ペーパーシリーズ(2):マクロ経済モデルQ-JEMを用いた「量的・質的金融緩和」導入以降の政策効果の推計 : 日本銀行 Bank of Japan」を基にしているとの由。

この後論文では、QQEの2つの出口戦略に関するシミュレーションを行っている。一つは満期とともに日銀が国債保有を減らしていくケース(Unwinding)で、もう一つは満期が来てもロールオーバーして国債保有額を一定に保つケース(Rollover)である(後者の場合でも債務残高全体が増加していくので、日銀の保有比率は下がっていくことになる)。以下はそのグラフ。

RolloverのケースではFactualより僅かに悪化する程度で済み、債務は75%分位でも維持可能である。Unwindingのケースでは悪化の程度が大きくなるが、スパイラル的に悪化するというほどではない。

論文ではそのほか、恒久的な世界的金融引き締めショックが訪れた場合もシミュレーションしているが、国債利回りが上記のUnwindingと似た推移になるため、債務も同様の推移になるとしている。ただし、円安圧力でQQE撤回を余儀なくされ、より悪化する可能性はある、と注記している。

さらに論文では、QQE維持と同程度の効果を発揮する財政緊縮策を計算しているが、2013-2020年の過去(backward stabilizing)については平均してGDPの4.5%pt、2025-2040年の将来(forward stabilizing)については1.7%ptの基礎的財政収支の改善が毎年必要になる、とのことである(下図(a))。一方、世界的金融引き締めとUnwindingの組み合わせのケースについて同様の計算を行うと、-2.4%から-1.75%の0.7%ptとより実行可能性のある数字になるとの由(下図(b))。

*1:このケースでは国債の日銀保有比率が一定値を維持することを仮定している。

*2:なお、グラフの赤三角はIMFの世界経済見通しの実際の値、黒点はモデルのFactualの平均値とのことで、両者が近いことがカリブレーションの正確性を物語っているとしているが、図では明らかに黒点はCounterfactualの平均値になっている。

*3:ただしこの図の凡例では記述が逆になっている。前注で指摘した誤記と併せて、おそらくは赤線と青線を途中で入れ替えたドタバタがこの段階のWPには未だ残っているものと推察される。