タレブが政権交代により次期首相になるかもしれない人に公開書簡を送った。ただし、日本の話ではなく、英国保守党のデビッド・キャメロン党首への書簡(ワシントンブログ経由)*1。
以下はその拙訳。
親愛なるデビッド(そう呼ばせて頂けるならば)、
貴方と貴方の党は、負のブラックスワンから断絶され、正のブラックスワンから恩恵を受ける機会にすべての人が恵まれた弾力ある社会に向けた唯一の希望かもしれません。というのは、私は、オバマ政権がこの金融危機を修復し、将来の再発を防ぐ能力に絶望しているからです。私は同政権が創り出している危険、および、今回の危機に責任のある当の経済エスタブリッシュメントが政権を支配していることに愕然としています。
ブラックスワンとは何でしょうか? それは低い確率で起きる影響の大きな出来事で、稀にしか起きず、起きる状況も不安定なため、リスクとリターンという科学的手法では評価することができません。ブラックスワンが予測されることは滅多にありませんが、振り返ってみると予期されていたように思われるので、我々はその到来を予想する自身の能力を過大評価し勝ちです。ブラックスワンは、我々の知的傲慢さ、自身の限界への無知の結果として生じることがあります。将来のある種の要素は、決して我々の手の届かないところにあるのです。
歴史の多くは正負双方のブラックスワンに左右されてきました。例外的かつ予測されない影響の大きな出来事は、経済生活において大きな役割を果たすので、こうした逸脱は、経済理論と経済予測が機能しない主な理由となっています。
我々はますます複雑化するシステムの中に生きており、複雑さはブラックスワンを生みます。どのようにでしょうか? 相互依存が深まるにつれ、出来事の原因を辿るのが難しくなり、正確な予測が困難になり、我々の伝統的な経済学のツールが使えなくなります。そして、インターネットが普及してから、噂は数分で世界に広まるようになりました。アイスランドの銀行の取り付け騒ぎが良い例でしょう。あれはブラックベリーがその速度を決めました。こうして、売上高、商品価格、失業率、GDP成長率といった経済指標は、以前より値が極端に振れるようになりました。システムが過剰に効率化したため、物事が円滑に流れるようになりましたが、その半面、発生頻度の低い激しい変動に対し脆弱になりました。
デビッド、貴方はこの複雑さに対し、債務を引き下げることで立ち向かわねばなりません。バビロン時代以来、我々は債務が足元をすくいやすく、間違いの余地を狭めることを知っています。ローマの諺に「felix qui nihil debet」(債務がないのが幸せ)というのもあります。現代金融の複雑な派生商品への20年にわたる過剰な信頼によって膨れ上がった一連の負債は、悲惨な結果をもたらしました。
また、いわゆる経済科学というものにもご注意ください。経済学者の予測能力はタクシーの運転手程度に過ぎません。我々は「専門家」問題に直面しています。専門家が誤った自信を提供するが、情報は何ら提供しない、という問題です。我々は皮膚科医、パン焼き職人、化学者は真の専門家(専門分野について非専門家より詳しい)と見なしており、そのことは正しいので、IMF、世銀、BOE、FRBの経済学者も専門家だという嘘を、記録を調べることなしに鵜呑みにしてしまいます。こうした偽りの専門家への依存こそが、我々が現在の状況に陥った主な原因なのです。それは今も、オバマ政権による債務の蓄積と当てにならない予測へのますますの依存という形で続いています。
この専門家についての問題は、銀行家が失敗に終わったポジションを取るのに使用した「リスクモデル」に特に現れています。それで貴方は、もっと規制をするように求められているわけです。しかし、驚く勿れ、規制の一層の必要性は神話に過ぎません。私はウォール街のトレーダーとして、あるいは教授としてリスクモデルと戦ってきましたが、中でも最悪だったのは規制当局者がもたらしたことでした。彼らこそが格付け機関の評価への依存を奨励したのです。彼らが推奨した「バリュー・アット・リスク」モデルは、我々が一層リスクを取るように仕向けました。
もし規制当局者が今後も存続するならば、彼らは保守的な運用をし、実務や試行錯誤によって何世代も積み重ねられてきたリスクに関する豊富な知識と理解を尊重する必要があります。我々は、年長者の経験則を傲慢な(かつ機能しない)理念で置き換え、科学の名の下に知識の連鎖を壊してきました。古い保守的な銀行家やトレーダーは、頭の切れる若い数学分析者に置き換えられました。しかし、大恐慌を経験した祖母の言うことに耳を傾けた者ならば、債務の危険性について警告され、ベン・バーナンキ、アラン・グリーンスパンというFRBの現職と前の議長よりも、危機への備えができていたはずです。
解決策は明らかです。歳月に耐えた伝統の役割を重んじる経済を構築することです。試行錯誤よりも高等数学を必要とするような金融派生商品は禁止すべきです。母なる自然に目を向けてみてください。進化と生存を保障する健全な原則に基づく複雑系が見られるはずです。潰すには大きすぎるものなど生み出しません。潰すなら早めに潰します。なぜ自然への干渉を嫌う人々が、有機的に成長した経済への干渉を許すのか、私には理解できません。誤りを許容し、金融(すなわち債務)の役割が最小限になる「頑健な」社会を構築すべきです。我々が欲しいのは、人々が過ちを犯しても全体を崩壊させることのないシステムです。シリコンバレーが模範例と言えるでしょう。そこでは人々は失敗を速く(しかも何度も)犯す機会が与えられています。
最良の青写真は、オバマ政権の経済政策のまさに逆です(その外交政策は良いと思います)。彼らは病気の原因に取り組もうとせず、痛み止めを処方し続けています。オバマは間違いを犯したものを助け続けています。「ポンコツ車に現金」計画を見てみてください。間違った――不経済な――車を買った者へのばらまきです。彼は間違いを犯さなかった者を罰しているのです。その他の「救済」も同様です。危機の後に税金を上げることにより、政権は進化を阻害しています。危機をうまく乗り切った者は税金を多く払うことになり、危機で損したものは支出が少なくなります。今回の事態を招いた金持ちは一般市民により救済され、税金により補助を受けます。
オバマは、我々の期待に応えることに失敗したIMFや世銀のような大手機関にますます権力を委ねています。彼は我々の期待を裏切った複雑系の特性を理解しない夢想的な専門家にますます頼り、リスク理解についての長い伝統の知恵を脇に追いやっています。表舞台の人たちを見てみてください。ラリー・サマーズNEC委員長(いろいろ仕出かしましたが、中でもハーバード大と銀行システムの両方を脆弱にしました)、バーナンキ(間違いを犯しやすい「モデル」にますます頼りました)、そしてティム・ガイトナー財務長官(資産価格が大きく逸脱し得ることを理解していませんでした)。
私が特に残念なのは、ジョージ・W・ブッシュに失望させられた後、オバマに高い期待を抱いていたからです。デビッド、そういった傲慢さに陥らないでください。
ナシム