銀行に独禁法を適用せよ

昨日紹介したサイモン・ジョンソンの小論の中に、独禁法を改正して、今や米国版オリガルヒとなった金融機関の解体に適用せよ、という主張があった。

To ensure systematic bank breakup, and to prevent the eventual reemergence of dangerous behemoths, we also need to overhaul our antitrust legislation. Laws put in place more than 100 years ago to combat industrial monopolies were not designed to address the problem we now face. The problem in the financial sector today is not that a given firm might have enough market share to influence prices; it is that one firm or a small set of interconnected firms, by failing, can bring down the economy. The Obama administration’s fiscal stimulus evokes FDR, but what we need to imitate here is Teddy Roosevelt’s trust-busting.

Simon Johnson: The Quiet Coup - The Atlantic

(拙訳)銀行分割の手順を確実なものとし、危険な巨大企業の再出現を防止するため、我々は独禁法の再整備も行なう必要がある。100年以上前に産業独占と戦うために導入された法律は、我々が現在直面する問題に適用するために設計されたものではない。今日の金融業界の問題は、ある企業が価格に影響を与えられるだけの市場シェアを得られるかもしれない、ということではない。問題なのは、一社、もしくは少数のお互いに緊密に結びついた会社群の倒産が、経済そのものを引きずり倒すことがある、ということなのだ。オバマ政権の財政刺激策はFDRを想起させるが、今我々が範とすべきなのはテディ・ルーズベルトの反トラスト政策なのである。


ジョンソンがジェームズ・クワックと共同で設立したサイトThe Baseline Scenarioでは、この案が繰り返し取り上げられている。ただ、それらのエントリよりも、むしろその一つ(クワックによる5/3のエントリ)で紹介されたThe Nationのブログ記事およびハッフィントンポスト記事で、その話が分かりやすくまとめられているので、以下に主旨を簡単な箇条書きにしてみる。著者はいずれもゼファー・ティーチアウト(Zephyr Teachout)というデューク大学法律学の教授(ただしハッフィントンポスト記事は共著)。

  • 我々は、「潰すには大きすぎる(too big to fail)」企業をいくつか生み出したが、それは経済的にも政治的にも危険な状況だ。
  • 現在の独禁法は消費者の厚生と市場操作に焦点を当て、価格操作など様々な反競争的行為を取り締まっているが、企業規模そのものを(反競争的行為のあるなしに関わらず)制限するツールに作り変えてはどうか。そうすれば、市場シェアや曖昧な消費者のニーズ調査といった複雑でしばしばうまく働かない手段に頼ることなく、より簡明な政策をインプリメントできる*1
  • 一世紀前に現代の独禁法の基礎が形作られた頃は、政治指導者は企業の規模と力を問題にしていた。しかし過去数十年、法律経済学者はその適用範囲を狭めてきた。その背景には、企業が大きくなればより効率的になり、より安価な商品を消費者に提供できる、という考えがあった。
  • 規模の経済は、モノ造りには確かに効果を発揮するかもしれないが、同時に政策の意思決定に影響を与えるという点では危険である*2。企業規模に最大値を与えることにより、政治への企業の影響力に制限が掛けられる。それにより生産の効率性にマイナスの影響もあろうが、メリットが上回るだろう。


なお、前述の5/3のThe Baseline Scenarioエントリで、クワックは冒頭でセオドア・ルーズベルトの以下の言葉を引用している。

The great corporations which we have grown to speak of rather loosely as trusts are the creatures of the State, and the State not only has the right to control them, but it is duty bound to control them wherever the need of such control is shown.
Theodore Roosevelt, “Address at Providence,” 1902

(拙訳)我々が大まかにトラストと呼ぶようになった巨大企業は、国家の作り出したものである。従って、国家はそれらを管理する権利を有するだけでなく、必要が生じれば、管理することは義務となる。
セオドア・ルーズベルト、「プロビデンスでの演説」、1902年


ジョンソン、クワック、ティーチアウトが指弾する「大きいことは良いことだ」志向は日本でも根強く、合併などを繰り返した結果、現在、金融業界のメガバンクをはじめとして、各産業界でも巨大企業の存在が目立つようになっている。いつか我が国でもその巨大さが問題視される局面がくるのだろうか…。

*1:ちなみにこれに関連して、クワックは、ゲーム理論の標準的な帰結からは、たとえ共謀が無かったとしても、個々の企業が合理的に行動する結果、共謀が存在するのと同等の結果が得られることを指摘している。

*2:ティーチアウトによると、企業の政治への影響力の危険性については、フリードマンですら認識しており、以下のように述べているという。
「もしゲームのルールがワシントンへ行って特権を得ることならば、それを責めることはできない。責められるべきは、それを見逃した我々の愚かさにある」