ワシントンコンセンサスから北京コンセンサスへ

一昨日紹介したサイモン・ジョンソンの論説では、(その言葉自体は使っていないものの)ワシントンコンセンサスの終焉について書かれていた。


それから一歩進んで、これからはワシントンコンセンサスから北京コンセンサスだ、という意見がProject Syndicateに登場した(Economist's View経由)。書いたのは、中国人民大学とベルギーのブリュッセル自由大学が共同で設立した中国研究機関・ブリュッセル現代中国研究所(Brussels Institute of Contemporary China Studies―BICCS)*1のジョナサン・ホルスラグ(Jonathan Holslag)。


ホルスラグの定義によれば、北京コンセンサスとは、経済発展を国家の至上課題とし、国家の安定を保ちながら政府が積極的に成長促進策を取ることを指す。その考えの下では、経済運営の手綱は政府が握り、特に金融セクターは厳しい監督下に置く。エネルギーセクターの研究開発も政府の指導のもとに実施される。また、貿易による国際市場からの恩恵は受けつつも、場合によっては輸入制限も辞さず、政府の調達対象も限定する。これらは、自由市場ならびに金融の自由化を旨としたワシントンコンセンサスとは対極の考え方と言える。
ホルスラグは、中国の過去20年間の政策がこの考えに基づいていただけでなく、今やオバマ政権の政策もこの北京コンセンサスの方針を事実上採用している、と指摘する。そうなった理由として、単なるブッシュ時代への反動だけではなく、世界が米国一極から多極化へと向かっていることを挙げる。つまり、経済危機、および中国をはじめとする発展途上国の台頭による米国の相対的な力の衰えにより、米国も自由貿易の錦の御旗だけではやっていけなくなり、より現実的・経済的な方法を取る必要に迫られた、というわけだ。


米国が経済におけるモラリズムを捨てることは、そのソフトパワーを部分的に失うことを意味する。その結果、これまでと比べ米欧間の紐帯が弱まる可能性がある。これからはそうしたモラリズムではなく、実際に経済をどれだけ上手く運営したかで世界への影響力が決定される時代が来る、というのがホルスラグの見立てである。


ただ、北京コンセンサスが望ましい安定をもたらすかどうかは分からない、とホルスラグは懸念する。多極構造は最も弱い極と同じ強度しか持てず、その維持には強い自制心が必要になる。米国経済が回復に手間取る一方、中国が力強く伸びていくような状況になれば、米国民の間にナショナリズムを呼び覚まし、両国関係が、ウィン=ウィン的な協力関係ではなく、ゼロサム的な敵対関係に陥る恐れもある。


こうしたホルスラグの見方は、日本脅威論華やかなりし頃にも散々聞いたような気もするが、当時とは違って日本ではなく中国が欧米の眼前に大きく映り始めていることを改めて感じさせられる。