輸出は経済成長に貢献したか?−産業連関表を用いた分析

11日エントリおよびそのコメント欄で、2003年以降の景気回復を輸出主導であると主張するならば、(クルーグマンを含む多くの経済学者が行なったような)純輸出をベースに論考するのは誤りである、ということを述べた。というのは、実質ベースの純輸出というものは交易条件の悪化を織り込んでおらず、交易条件の悪化を織り込んだ名目ベースの純輸出では経済成長への貢献度がゼロに近くなってしまうからである。

これは拙ブログで兼々主張してきたことの繰り返しであったが、同時に、経済成長が輸出に依存したこと自体を否定しているわけではなく、たとえば輸出の投資に与えた波及効果を産業連関分析で計測する、といった手法でその依存度合いを計測することはできるだろう、とも述べた。

上記コメントを書いたときは、漠然と産業連関表を駆使した本格的な研究をイメージしていたが、良く考えてみれば、集計値ベースの大雑把な分析ならばそれほど手間を掛けずにできそうな気もするので、今日は簡単にそうした計測を試みてみる。


まずは、総務省統計局のHPで、一番最近の産業連関表である平成17年版を見てみる。
これの「最終需要項目別生産誘発係数表」を見ると、輸出の生産誘発係数は、(部門表別で若干バラツキはあるものの)2.2となっている。つまり、輸出が1単位増えると生産が2.2単位増えることになる。これは民間消費と政府消費の1.5、公共投資の1.9、民間投資の1.8に比べて高く、生産への効果という点では輸出は他の需要項目より一頭地抜きんでている

ただ、付加価値という点では、さほどでもない。同じページの「最終需要項目別粗付加価値誘発係数表」を見ると、輸出の粗付加価値誘発係数は0.84で、政府消費の0.94、民間消費の0.88、公共投資の0.89よりも劣っており、民間投資の0.83を少し上回っているに過ぎない。つまり、輸出のもたらす付加価値は、誘発する生産の大きさに比べると低いと言える。この傾向は平成12年表平成7年表でも同様である。


この粗付加価値係数に実際の各支出項目の増加額を掛けてみれば、GDP増加額の内訳が出てくる。そこで、この分析でも分析対象とした名目GDPの2003-2007暦年の増加額について、その計算を行なってみた(下表;額の単位は10億円)。

  民間最終消費支出 民間住宅 民間企業設備 民間在庫品増加 政府最終消費支出 公的固定資本形成 公的在庫品増加 輸出
増加額 8,654 -529 16,029 3,292 3,915 -6,612 105 31,948
適用した誘発係数 0.88 0.83 0.83 0.85 0.94 0.89 0.85 0.84
粗付加価値誘発額 7,616 -439 13,304 2,798 3,680 -5,885 90 26,836


こうして求めた粗付加価値誘発額の比率を見ると、輸出は全体合計の55%を占めている。つまり、産業連関表による波及効果分析によると、確かに輸出の誘発効果が経済成長の過半を占めていたことが分かる(下グラフは比率(%)をグラフにしたもの)。


ただ、注意すべきは、上で推計した粗付加価値誘発額の合計は48兆円になり、実際のGDP増加額25.5兆円の倍近くに達していることである。これは、粗付加価値誘発係数を推計した2005年の産業連関表では、輸入の総付加価値額に占める比率が14%程度なのに対し、2003-2007年の変化額においては、その比率が123%にもなっていることによる。従って、48-25.5=22.5兆円の差額は、産業連関分析の想定より交易条件が悪化したためにもたらされたマイナス要因と考えられる。その交易条件悪化分を輸出の貢献額から差し引く形で分析に繰り込み、改めてグラフを描きなおしてみると、以下のようになる。

輸出の経済成長への貢献は依然として20%近い高い水準ではあるものの、民間設備投資の52%、民間消費の30%に次ぐ第三位の位置付けとなる。つまり、産業連関表による波及効果分析に交易条件悪化まで加味してみると*1、民間の設備投資と消費が経済成長の八割を占めるエンジンであったことが分かる。これは、定性的には以前の分析と同様の結果である。

*1:この加味方法については、輸入した原材料は国内需要向けの生産にも使っているので、その価格高騰の負担を輸出だけに負わせるのはどうか、という異論もあるかもしれない。そこを厳密にやろうとすると、それこそ本格的な産業連関分析が(本エントリのような集計値ベースの分析ではなく)必要となるだろう。