乗数大論争

Econbrowserのメンジー・チンが、乗数効果を計算する3つの方法についてまとめている

  1. 伝統的なマクロモデル
  2. DSGE(dynamic stochastic general equilibrium)モデル
  3. VAR(vector autoregressions)

チンは、政府機関などは一つのモデルに頼ることなく、複数のモデルを使って政策決定を行なうので、ある特定のモデルを用いて論じる学者よりも信頼性が高いだろう、と指摘している。当然ながらモデルの種類、および前提によって導出結果が違ってくるので、その辺りを良く理解せずにある一つのモデルに頼るのは危険、というわけだ。


また、チンのエントリを取り上げたEconomist's ViewのMark Thomaは、モデルは地図のようなものであり、自動車用の地図が自転車に乗った人に最適とは限らない(自転車用道路が省略されているかもしれない)、という比喩を行なっている。
ルーカス批判以後、財政政策は金融政策に景気対策としての座を譲り、また経済学も景気循環よりも経済成長に焦点を当てるようになったため、モデルもそうした方向に発展してきたが、それを現在の恐慌回避に当てはめるのは不適切かもしれない、というわけだ。そうなると、今回は、3つの手法のうちで最も古い――財政政策がまだ不況対策に使われていた時代の産物である――伝統的なマクロモデルを使うのが良いのではないか、というのがThomaの考察である。Angry Bearのロバート・ワルドマンは、このThomaのエントリを非常に優れている、と評し、その考えに賛意を示している。


このThomaの考察は、期せずしてクルーグマンに批判されたバローのインタビュー記事での反論*2への再反論になっているかもしれない。その記事でバローは、減税の二つの効果を指摘し、乗数効果では財政支出に劣るかもしれないが、人々にインセンティブをもたらす点でより大きな効果を発揮する、と主張している。彼は今、それらの効果を統合した枠組みで分析できるような研究を進めているという。
このインセンティブという点はマンキューも重視しているが、一方で、現在の状況でもその効果を期待して良いのか、という疑問も生じる。ネイト・シルバー氏やRoweは、外生vs内生、ないし、予期されない政策vs予期された政策、という論点からマンキューに疑問を投げ掛けた
Thomaの考察を援用すれば、人々にインセンティブをもたらすような減税は、経済成長を重視する観点から実施され、そして確かに成功を収めてきたのかもしれないが、それはあくまでも経済が普通の状態(Thomaの比喩で言えば自動車に乗っている時)の話であり、現在のような恐慌前夜(Thomaの比喩で言えば自転車に乗っている時)において同様の効果は発揮できないのではないか、という論点からの批判も成立しうるだろう。

*1:このモデルでは公的支出が最も効果があるという結果になっている。

*2:cf. マンキューブログ池田信夫blogEconLog