コント:ポール君とグレッグ君(2009年第16弾)

日本では民主党の公約に代表されるように最低賃金を引き上げろという声があり、それに反対する声もあるが*1、米国では保守派が、むしろ最低賃金を引き下げて失業率を下げろ、と主張しているらしい。そして、当然のごとくクルーグマンを筆頭とするリベラル派がそれに反対している。


ただ、今回クルーグマンとマンキューが火花を散らしたのはその最低賃金の件ではなく、景気刺激策としての減税の有効性の件。クルーグマンが、最低賃金について書いた12/14ブログエントリで、行き掛けの駄賃とばかりに減税を訴えたマンキューをも批判し*2、マンキューがそれに応戦した形となっている。ただしその応戦の過程で、マンキューがクルーグマンの名前を一切出していないのが面白い。

ポール君
NY連銀のGauti Eggertssonの財政政策に関する新しい論文の冒頭では、金利がゼロでない期間における実証分析は、現在の状況について参考にならない、と指摘している。つまり、バローやらグレッグ君やらの主張は大部分が的外れということだ。
グレッグ君
スコット・サムナーがなぜケインジアンが自分を怒らせるか説明しているよ。あと、ゼロ金利制約の神童Gauti Eggertssonは、実は論文で投資減税を支持しているんだけどね

なお、両者が言及しているEggertssonの論文では、通常は右下がりである需要曲線が、ゼロ金利下では右上がりになることを示している(下図参照)。ちなみに、この仮説については以前の拙ブログのエントリRoweの解説を借りて紹介したことがあったが*3、EggertssonはニューケインジアンのDSGEモデルを用いて導出している。



ここで、労働課税の減税を実施すると、それは労働者の労働意欲を高め、実質賃金を低下させる。企業はより低価格での商品供給が可能になるので、供給曲線は下にシフトする。通常の場合は、そうしたデフレ圧力に中央銀行は金融緩和で応じるので、需要曲線は右下がりになる。結果として、減税後の両曲線の交点(下図のB点)は、元の交点(A点)に比べインフレ率が低くなり、かつ生産は増大する。


ところが、ゼロ金利制約下では、需要曲線は右上がりになるので、減税は逆効果となり、インフレ率はやはり低くなるものの、今度は生産は縮小する(下図)。


Eggertsson論文のこの分析が、クルーグマンがマンキュー(とバロー)攻撃の材料に使った点である。


ただ、一方でEggertssonは、労働や資本への減税は上記のようにゼロ金利下では逆効果になるものの、設備投資減税や売上税減税は直接需要に働きかけるので、そちらは政策効果はある、と述べている。それがマンキューが12/16エントリで反論の材料に使った点である。


また、マンキューが12/15エントリでリンクしたサムナーは、リフレ派らしく、ゼロ金利で金融政策が行き止まり、というEggertssonやクルーグマンの見方に大いに反発している。特にクルーグマンは、少し前のOp-ed(邦訳はここここ)で、やはり金融政策にはまだやれることがある、と書いてサムナーを喜ばせたばかりなのに、また言っていることが変わっているではないか、と半ば呆れている。

そしてサムナーがもう一つ指摘しているのは、大恐慌時のデータを用いて分析した結果によると、実際にルーズベルトの5回に亘る賃金上昇策が景気後退をもたらした、という点である。彼は、以前に書いた論文*4から、以下の実証結果を引用している*5

 <工業生産の4ヶ月(非年率!)成長率>

Before After
1933/7 +57.4% -18.8%
1934/5 +11.9% -15.0%
1938/11 +15.8% +2.5%
1939/11 +16.0% -6.5%


さらに、コメント欄では以下の回帰分析の結果も示している。

 <工業生産に対する回帰結果(月次)>

期間 1920-39 1920-29 1930-39
説明変数
DLY-1 .509 .345 .543
(t値) (9.09) (3.73) (7.43)
DLW -.459 .124 -.697
(t値) (-3.31) (0.60) (-3.84)
DLP .624 .476 .898
(t値) (5.59) (3.91) (4.56)
Adj. R2 .453 .374 .518
n 227 107 119

被説明変数DLYは工業生産の自然対数の一階差、DLY-1はその1次ラグ。DLWは製造業労働者の名目賃金の自然対数の一階差、DLPは卸売物価指数の自然対数の一階差。回帰は定数項ありの回帰。残差には残差同士や他の説明変数との系列相関は見られなかった。


この米国版最低賃金論争については、クルーグマンが引き続きここ邦訳)でフォローしているほか、ブライアン・キャプランタイラー・コーエンRajiv Sethi邦訳1,2)、Nick RoweMark ThomaFree exchangeが参戦ないし言及している。


ちなみに、Rajiv Sethiは、12/15エントリでマンキューも批判している(正確には、ネイト・シルバー(Nate Silver)によるマンキュー論説批判――実際にはオバマ景気刺激策の事実上半分は減税が占めていて、しかもそれは効果があった――を紹介している*6)。

*1:最近の例では、たとえば小生がこれこれのはてぶを付けたエントリやそのリンク先を参照。

*2:ちなみにマンキューは、11月末のブログエントリで、ニューディール的な雇用政策を唱えたクルーグマンNYT op-ed(邦訳はここここ)と、減税を唱えたベッカーのブログエントリとを対比させて紹介している。後者のベッカーの論説では最低賃金引き下げも主張として盛り込まれており、それをRajiv Sethiが批判し、Economist's ViewFree exchangeで紹介されたその批判をクルーグマン取り上げたことが、今回の最低賃金論争の一つのきっかけとなっている(なお、Sethiのベッカー批判は、以前Hicksianさんが紹介されたトービン論文に依拠している)。

*3:クルーグマン自身も後続の12/16エントリ邦訳)で同様の解説を行なっている。

*4:コメント欄で出所を示している:Silver, Stephen and Sumner, Scott. 1995. “Nominal and Real Wage Cyclicality During the Interwar Period,” Southern Economic Journal, (January): 588-601.

*5:5回のうち1回は日付の特定が難しいので外したとの由。

*6:Sethiは、そこで、シルバーのマンキュー批判を他に2つ紹介している。一つは以前拙ブログでも紹介した減税の乗数効果に関する議論で、もう一つはソトマイヨール最高裁判事の“浪費癖”が経済合理的か否かという議論(マンキューが非合理だとしたのに対し、シルバーはソトマイヨールの収入の安定性を考えれば貯蓄をしないのは合理的と指摘)。