ポール損プラン

IMEが勝手に表題のように変換してしまったが、この今回のポールソン米財務長官の金融機関救済策に対する経済学者からの非難轟々を考えると、案外当たっているのかも知れない。そういえば昔ジョン損と呼ばれた助っ人外人がいたっけ…。


かつて速水時代の日銀が銀行からの株式買取を行なったことがあったが、この案のことを聞いて真っ先にそれを思い浮かべた。ただしこの案は株式が対象ではないので、正確には共同債権買取機構が近いのかもしれない。前者は中央銀行、後者は民間が資金の出し手となって金融機関の資産を買い取る仕組みを作ったわけだが、今度はこれを米国が政府資金でやろうということのようだ。なお、昨年後者に似たサブプライム支援基金の構想が米銀の間で持ち上がったが、協力を求められた邦銀が資金を出さなかったこともあり頓挫したとのこと。


このポールソン案へのシカゴ大の経済学者が主導した公開書簡ソロスによる批判は、買取価格の不透明性により政府、引いては納税者の利益が大きく毀損される可能性があるのに対し、金融システムの問題への直接対処になっていない(そのため本来政府が助けるべきでない金融機関を助ける結果になる恐れがある)、という点に向けられている。
これへの対案として、ソロスやクルーグマンは、整理回収機構ないしそれが範とした整理信託公社(RTC)のような資本注入を主張している*1。日本人からすると、かつての佐々波委員会のような杜撰な注入になったらどうするんだ、と余計な心配をしてしまうが、FRBがきちんとしているからその点は大丈夫だろう、とソロスは述べている。

Not every bank deserves to be saved, but the experts at the Federal Reserve, with proper supervision, can be counted on to make the right judgments.

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ちなみに、ソロスのこのFTへの寄稿記事では、これまでの迷走ぶりに基づくポールソンへの強い不信感が滲み出ている。まあ、それでなくとも白紙の小切手+免責の要求は、ソロスが「the ultimate fulfillment of the Bush administration’s dream of a unitary executive」と表現したように、パルパティーンの非常時大権を連想させなくもないですな。


なお、ポールソン案については、(FRB議長として当然ながら)バーナンキがサポートしているが、そのことが経済学者たちの態度に微妙にさざなみを立てているのが面白い。
たとえば、ワシントンポストの記事ポールソン案に批判的なブログの記述を引用されたマンキューは、半面、バーナンキに対する経済学者としての信頼(あるいは身内意識!?)から上記の公開書簡への参加を控えたとも書いている。マンキューがブログでこの件に関する自分の意見らしきものを表明したのは、今のところこの2つのエントリだけであり、それ以外のエントリでは、論評抜きでの他者の論説の紹介に徹している。態度を完全には決めかねている様子が伺える。
一方、クルーグマンは、かつてのプリンストンの同僚であり、ほんの少し前には彼が今FRB議長で良かったと称賛したバーナンキに対して、この件についてはその説明に納得せず不信感を募らせ始めている


ポールソン案についてもう一つ面白い点は、大学の経済学者と対照的に、ウォール街エコノミストが全面的に支持していることだ(上記のワシントンポスト記事にその旨の記述がある)。マンキューブログのこのエントリによると、彼らは、下がりすぎた価格を支持する政策として評価しているようだ。つまり、大学の経済学者が市場が付ける価格に信頼を置き、政府が価格に関する情報で市場を出し抜けるはずが無いと主張するのに対し(cf. 上述のクルーグマンブログエントリマンキューブログエントリ)、市場に近いウォール街の関係者がむしろ現在の市場が付ける価格に不信感を抱き、政府による価格是正に期待している、という奇妙に逆転した構図になっている。
だったら金融機関から買うという迂遠な方法を取らずに直接不動産市場で買い支えしろよとも言いたくなるが、実際、先のワシントンポスト記事では、そうして一般庶民を助けるべきだという経済学者の意見も紹介されている。それに対し、ポールソン案は、金融機関への援助と不動産買い支えの両方を狙っている、というのがこの記事の見立てだ。目論見通り一石二鳥といくか、それとも経済学者らが懸念するように虻蜂取らずになるか、これからの見ものであろう。


と、その前に、まずは議会を通すのが先決であるが、それはポールソンがペロシに跪いた甲斐もあってか、何とか月曜のアジア市場開始前に目処がついたようだ…。

*1:池田信夫氏はこのブログエントリのコメント「Bailout or not (池田信夫) 2008-09-20 23:30:24」で、クルーグマンが突然市場原理主義者に変身して政府の救済に反対したような書き方をしているが、リンク先のビデオを見れば分かるとおり、「ファイナンスのsocialization」というのは言葉の綾であり、救済策が必要なことは十分に認めている。