サイモン・ジョンソンとディーン・ベーカーのバーナンキ批判

ここに来て、大物エコノミスト2人が相次いでバーナンキ再任反対論をぶち上げた。


今回の金融危機において最も言論の影響力があった知識人とされる*1サイモン・ジョンソンは、The Baseline Scenarioの12/24エントリの最後で、以下のように書いている*2

Given his testimony, his written response to Senators’ questions, and the market reaction, we recommend that Mr. Bernanke not be reconfirmed.
(拙訳)
彼の議会証言、上院議員への返答文書、そして市場の反応に鑑みて、我々はバーナンキ氏を再任しないことを提言する。

ここで言う上院議員への返答とは、12/20エントリで触れたビッター上院議員の質問に対するものである。この返答の中では、デロングのインフレ目標に関する質問への回答が注目を集めたが、他にジョンソンの質問への回答も収録されていた。その回答がジョンソンのお気に召さなかったわけである。

ジョンソンの質問は、イングランド銀行の金融安定化担当のアンドリュー・ホールデンのいわゆる「破滅のループ(doom loop)」に関するものであった。「破滅のループ」とは、好況−不況−銀行救済のサイクルにおいて、次第に納税者への負担とマクロ経済への脅威が大きくなっていくことを指している。ジョンソンはバーナンキに、この悪循環を断ち切るために何ができるか、という問いを投げ掛けた。それに対しバーナンキは、新たな規制の枠組みで対応する、と回答したが、ジョンソンはそれを、時間的不整合性という根本的な問題に触れていない、と切って捨てた

そしてジョンソンは、そうしたバーナンキの姿勢に対する市場の反応として、バンカメのCDSスプレッドを俎上に載せた。現在の同スプレッドによると、バンカメのデフォルト確率は米政府のそれとさして変わらない。つまり、市場は、バーナンキが「too big to fail」を「small enough to fail」に変えていく改革を実施する気がないことを見越している、というのがジョンソンの解釈である。かねてから「too big to fail」に厳しい姿勢を示しているジョンソンからすると、このバーナンキと市場の“馴れ合い”が許せないものに映ったことは想像に難くない。


また、ディーン・ベーカーも、「カタストロフに報いる/バーナンキとワシントン文化の堕落(Rewarding a Catastrophe/Bernanke and the Corruption of Washington Culture)」と題した12/21コラム*3で、バーナンキを激しく攻撃している。のっけからこんな調子である。

The Senate Finance Committee overwhelmingly voted to approve Federal Reserve Board Chairman Ben Bernanke for another 4-year term. This is a remarkable event since it is hard to imagine how Bernanke could have performed worse in his last 4-year term. By Bernanke’s own assessment, his policies brought the economy to the brink of another Great Depression. This sort of performance in any other job would get you fired in a second, but for the most important economic policymaker in the country it gets you high praise and another 4-year term.
(拙訳)
上院の金融委員会は、圧倒的多数でFRB議長ベン・バーナンキの次期4年間の続投を承認した。これは驚くべきことである。というのは、バーナンキがこれまでの4年の任期で、あれよりひどい業務成果を出し得たとは考えにくいからである。バーナンキ自身、自分の政策が第二の大恐慌の瀬戸際まで経済を追い詰めたことを認めている。こうした業務成果を出せば、他のどんな職業でも2期目を前にクビになるだろう。しかし、国の最も重要な経済政策担当者においては、それは大いなる称賛と次期4年間を保証するものとなる。

ここでベーカーがバーナンキの失策として槍玉に上げるのは、住宅バブルを見過ごした点である。彼は、FRBが成し得たはずのこととして、以下の3点を挙げる。

  • FRBの高い調査能力を生かして、住宅バブルの証拠と、その崩壊が経済に与える影響をきちんとまとめるべきだった。そして、その調査結果を、注目を集めるFRB議長の発言を初めとした伝達手段で国民に知らしめるべきだった。そうした所作を怠ったのは、犯罪に等しい。
  • バブルの頂点で大量に出回っていた詐欺まがいの住宅ローンを取り締まるべきだった。FRBがそれを知らなかったはずはない。ベーカー自身ですら、メールによる垂れ込みなどで知っていたのだから。FRBは知らない振りをしていただけなのだ。
  • 金利引き上げでバブルを潰すべきだった。

なお、バーナンキ再任反対に転じるところまでは行かないが、クルーグマンバーナンキに厳しい目を向け始めている。きっかけはこのWaPo記事。特に以下の一節に衝撃を受けたと言う。

In January 2005, National City’s chief economist had delivered a prescient warning to the Fed’s board of governors: An increasingly overvalued housing market posed a threat to the broader economy, not to mention his own bank and others deeply involved in writing mortgages.

The message wasn’t well received. One board member expressed particular skepticism — Ben Bernanke.

“Where do you think it will be the worst?” Bernanke asked, according to people who attended the meeting, one in a series of sessions the Fed holds with economists.

“I would have to say California,” said the economist, Richard Dekaser.

“They have been saying that about California since I bought my first house in 1979,” Bernanke replied.

This time the warnings were correct …

(拙訳)
2005年1月、(クリーブランドに本拠を置く地銀)ナショナルシティの主任エコノミストは、FRBの理事会に先見の明のある警告を提出した:住宅市場での過大評価は、経済全体に脅威を及ぼしている。言うまでも無く、彼自身の銀行を含めた不動産業務に深く関わっている銀行にも。

しかしそのメッセージはきちんと伝わらなかった。一人の理事会メンバーが特に疑念を表明した――ベン・バーナンキだ。
「どこが一番状況が悪い?」FRBエコノミストたちと開いた一連のミーティングの一つで、バーナンキはこう質問した、と出席者は証言する。
「カリフォルニアですね」と問題のエコノミスト、リチャード・デカサーは答えた。
「私が1979年に最初の住宅を買ったとき以来、カリフォルニアについてそんなことが言われ続けているね」とバーナンキは言った。
だが、今回は警告は正しかった…

クルーグマンがここで指摘するのは、WaPo記事は今回より前にはカリフォルニアに住宅バブルが起きなかったように書いているが、実際には90年前後に発生し崩壊しているという点である*4。従ってバーナンキの失策は、このWaPo記事が含意するよりも大きい、というのがクルーグマンの見解である。
彼はエントリの最後を次の一文で締めくくっている。

This whole episode makes me think considerably worse of my former department head.
(拙訳)
この一件は、私の以前の学部長に対する心証を著しく悪化させた。

*1:cf. プロスペクトマガジン選出。ちなみに2位は通貨専門家のアビナッシュ・パーサウド(Avinash Persaud)、3位は アデア・ターナー・英金融サービス機構(FSA)長官。プロスペクトマガジンは、この3人を含めて合計25人の影響力のあった知識人を選出しているが、その中にはバーナンキ、周小川という米中の中銀総裁のほか、クルーグマンスティグリッツ、ルービニ、シラー、ボルカーといった御馴染みの名前も見られる。また、リチャード・クー氏も入っている。

*2:The Baseline Scenarioの共同ブロガーであるPeter Booneとの共著エントリ。なお、NYTのEconomixにも少し編集した同内容のコラムを投稿しているが、そこではこの最終段落は省かれている。

*3:実際のガーディアン掲載記事のタイトルは「FRBの失敗に報いる(Rewarding failure at the Fed)」、サブタイトルは「何百万もの米国人が職を失う一方で、ワシントンがバーナンキの職を確保(While millions of Americans have lost their jobs, Washington allows Federal Reserve chairman Ben Bernanke to keep his)」。

*4:その点はケビン・ドラムが先に指摘したと追記で書いている。