金融危機か、住宅バブル崩壊か:大不況の深刻化を巡るバーナンキとクルーグマンの論争・続き

昨日紹介したバーナンキのエントリに、クルーグマンが「Steeper Versus Deeper (Wonkish)」と題したエントリで反論したほか、ディーン・ベーカーも異を唱えた
以下はベーカーの論点の概要。

  • 金融危機が、住宅価格の低下と、住宅バブルがもたらした消費ブームの終わりを(いずれも既に進行していたが)早めたことに異論はない。
  • バーナンキは当時も今も気付いていないようだが、住宅バブルの崩壊後、非住宅建設にバブルが起きていた。2004年から2008年に掛けて非住宅建築物の価格は約5割上昇し、投資もGDP比率で2.5%から4.0%に増加した*1。そのバブルはリーマン破綻後に崩壊し、価格はバブル前の水準に戻り、投資もGDP比2.5%に戻った。それ以外の設備投資項目は小幅に低下したに過ぎない。従ってバーナンキの言う設備投資の急落は、落ち込みが急だったというよりは、落ち込む前の水準が高過ぎたという問題。
  • 住宅投資も同様。住宅投資の現在のGDP比は4.0%だが、それはバブルのピークの6.8%よりは谷の2.5%に近い*2
  • 消費も同様で、可処分所得に対する貯蓄率は2005年に2.0%強と史上最低レベルまで低下したが、2009年には7%強に戻っており、10年後の現在もほぼその水準にある*3

これについてクルーグマンは、両者の議論がすれ違っているのは、バーナンキが不況の進行の急速化(steeper)について話しているのに対し、クルーグマン=ベーカーが不況の深刻化(deeper)について話しているためだ、とまとめている。その上で、あれだけの規模の住宅バブル(住宅投資でGDP比にして約4%、住宅の逆資産効果でおそらく約2%)があったので、大不況の深さを説明するにはそれで十分であり、換言すれば大不況は不可避だった、と述べている。そして、バーナンキが提示した証拠は専ら2008-2009年に低下が急加速したことであり、それを否定する人はいないだろうが、それが低下の急速化だけでなく深刻化をもたらした、という点には疑問符を付けている。2010年に失業率は9.6%、2011年には8.9%を付けているが、混乱が収まってかなり経った後のこれだけ高い経済のスラックは金融危機では説明できないだろう、とクルーグマンは言う。

ただ、クルーグマンは、金融システム救済に意味があったか、という点についてはベーカーと意見を異にしている、と付け加えている。ベーカーは意味が無かった、という意見だが*4クルーグマンは、今回の不況に金融がそれほど影響していなかったにしても、金融システムが内部崩壊するのを許容していたら不況はさらに悪化していただろう、と述べている。従って、救済は(条件が銀行家に甘すぎたにしても)予防策として正しい行為だった、とクルーグマンは言う。その一方で、銀行を救済したにも拘らずこれほど深刻で長引いた不況になったということは、金融中心の見解の限界を示している、ともクルーグマンは述べている。



このクルーグマンの議論にバーナンキ見解の立場から反論するとすれば、以下の論点が挙げられようか。

  • クルーグマンの話を裏返すと、金融パニックが起きていなければ景気の低下はよりゆっくりしたものとなったが、それでも最終的な落ち込み幅は変わらなかった、ということになる。ただ、その場合、大恐慌の再来というよりは、1980年代のようないわば通常の不況にとどまる可能性もあったのではないか。言い換えれば、大不況を大不況たらしめたのは、その深刻さだけではなく、やはり進行の急速さにもあったのではないか。
  • 日本はある意味で1990年代のバブル崩壊後にそのようなゆっくりとした景気後退を経験した。しかし、そのため銀行の不良債権問題も長引き、金融システム不安がいつまでも続き、最終的に解決したのは2000年代になってからだった。クルーグマンはやはり金融システムの問題が実体経済に与える影響、および金融システムと実体経済の間の負のフィードバックのループを軽視し過ぎているのではないか。
  • 失業率の高止まりについては履歴効果で説明できるのではないか。

また、リーマン破綻時に、当局はロシアンルーレットを行ったが結局その弾倉には弾が入っていた、と皮肉ったクルーグマンが金融パニックの実体経済への影響を軽視し、FRBはリーマンを救えたのに救えなかった、とローレンス・ボール(やマンキュー)から指弾されているバーナンキがその影響を重視している、というのも皮肉と言えば皮肉な構図である。

*1:ここでベーカーはこちらの論文の図5と図4を参照している。

*2:前掲論文の図1。

*3:前掲論文の図2。

*4:その点を彼は今回の反論エントリののエントリでも主張している。