金融危機か、住宅バブル崩壊か:大不況の深刻化を巡るバーナンキとクルーグマンの論争

昨日エントリでは、10年前の危機の本質は信用不安であって住宅バブルの崩壊ではない、というバーナンキ=ポールソン=ガイトナー見解と、財政刺激策こそが対処策として重要、というサマーズの見解を対照させたDavid Warshのエントリを紹介した。一方、クルーグマンがそこで言うサマーズ見解と同じ立場に立ってバーナンキ見解に異論を唱え、それにバーナンキ反論する、という展開が見られた。以下はそのバーナンキの反論の冒頭。

Why was the Great Recession so deep? Certainly, the collapse of the housing bubble was the key precipitating event; falling house prices depressed consumer wealth and spending while leading to sharp reductions in residential construction. However, as I argue in a new paper and blog post, the most damaging aspect of the unwinding bubble was that it ultimately touched off a broad-based financial panic, including runs on wholesale funding and indiscriminate fire sales of even non-mortgage credit. The panic in turn choked off credit supply, pushing the economy into a much more severe decline than otherwise would have occurred. My evidence for this claim is that indicators of panic, including the sharp increases in funding costs for financial institutions and the spiking yields on securitized non-mortgage assets, are strikingly better predictors of the timing and depth of the recession than are housing-related variables such as house prices, market pricing of subprime mortgages, or mortgage delinquency rates.
In a recent post, Paul Krugman gave his take on the causes of the Great Recession. His inclination, contrary to my findings, is to emphasize the effects of the housing bust on aggregate demand rather than the financial panic as the source of the downturn. In a follow-up response to my paper, Krugman asks for evidence on the transmission mechanism. Specifically, if the financial disruption was the major cause of the recession, how were its effects reflected in the major components of GDP, such as consumption and investment? In this post I’ll offer a few thoughts on Paul’s questions.
(拙訳)
大不況はなぜあそこまで深刻化したのか? 確かに住宅バブルの崩壊はそれを促進した重要な事象だった。住宅価格の低下は消費者の資産と支出を押し下げ、住宅建設を急速に低下させた。しかし、私が新たな論文とブログポスト*1で論じたように、バブル崩壊の最も有害な側面は、ホールセール部門の資金調達の取り付け騒ぎや非不動産信用に対してまで広がった見境の無い叩き売りなど、広範な金融パニックを最終的に引き起こしたことにあった。そのパニックは今度は信用供給の首を絞め、それが無かった場合に比べて遥かに深刻な不況に経済を落とし込んだ。この主張についての私の証拠は、金融機関の資金調達コストの急速な上昇や証券化された非不動産資産の利回りの急上昇といったパニック指標が、住宅価格やサブプライム不動産担保証券の市場価格や不動産の債務不履行率といった住宅関連変数に比べ、不況のタイミングと深刻さを驚くほど良く予測したことにある。
最近のポストポール・クルーグマンは、大不況の原因についての彼の見解を明らかにした。彼の見解はどちらかというと、私の発見とは逆に、不況の原因として金融パニックよりも住宅バブル崩壊の総需要への影響を強調している。その後の私の論文への反応クルーグマンは、伝達メカニズムに関する証拠を要望している。特に、金融の混乱が不況の主因ならば、その影響は消費や投資といったGDPの主要項目にどのように反映したというのか? 本ポストではポールの疑問について幾つかの考察を述べてみたい。

この後バーナンキは以下の点を挙げている。

  • 伝達メカニズムについて言えば、確かにクルーグマンの言う通り、信用供給の減少は設備投資のような信用に反応する支出項目に影響するのが普通。しかし、広範で強烈な金融パニックでは、新規融資を求めていない企業や家計も影響を受ける。その結果、そうした企業は、通常の不況ならば在庫を積み上げて労働を保蔵するところを、運転資金や将来の資金の確保のために予備的貯蓄に走り、労働者を解雇する。そのため、2007年12月から2008年8月までは月平均12万人だった雇用喪失は、2008年9月から2009年3月までは67万人に加速した。また、2年以上に及んだ住宅価格の低下にも拘らず2008年9月には依然として6%付近だった失業率は、翌年に4%ポイント近く跳ね上がった。また、労働者も予備的貯蓄に走った。クルーグマンの好きなISLMの用語で言えば、パニックがIS曲線を大きく下方にシフトさせたのである。
  • 個々の支出項目について信用ショックの影響を分離するのは難しいが、クルーグマンの勧めに従ってGDPの主要項目の推移をみると興味深い結果が得られる。実質住宅投資は確かにクルーグマンの言う通り2006-2007年に大きく低下したが、実質GDP成長率は2008年第1四半期までプラスを続け、同年の最初の3四半期に僅かに低下したに過ぎず、その後の出来事を予感させるものではなかった。しかし2008年第4四半期には年率8.4%、2009年第1四半期には4.4%低下した。その急低下が反転したのは2009年春にパニックが制御されてからだった。
  • 住宅投資そのものもパニックの影響を明らかに受けており、2008年第4四半期には年率34%、2009年第1四半期には33%も低下し、パニックが収まった2009年第2四半期に安定化した。建設会社と住宅購入者が共に信用に頼ることを考えると、パニックが住宅建設のペースに影響するというのは直観に合う。バーナンキの研究でも、2007年までは住宅関連変数が新築着工戸数をそれなりに上手く予測していたが、その後は金融パニック指標の方が上手く予測するようになった。
  • クルーグマンが住宅バブル崩壊見解の根拠として引用する設備投資も、タイミングを見ることが重要。2006年初めに縮小し始めた住宅投資と異なり、設備投資が減り始めたのは住宅バブル崩壊のかなり後になってから。2006年初めから2007年第3四半期までは従来の水準ないしそれよりも良い8%近い成長を続けていた。2007年第4四半期の景気後退入り後は減速したが、それでもプラスだった。しかし2008年第4四半期から景気後退が終了した2009年半ばまでの平均成長率は年率マイナス20%だった。
  • 耐久財消費と輸出入も同様に、パニックの最盛期に最も低下している。輸出業者と輸入業者は共に貿易金融に頼っており、かつ貿易のかなりの割合は信用に敏感な耐久財なので、貿易は信用に良く反応する。この時も輸出入が共に低下したので、外需が総需要に与えた影響は小幅にとどまった。
  • 以上のことは、住宅バブルとその崩壊が不況の本質的な原因だったことを否定するものではない。それらは需要を直接抑制したほか、パニックに火を付けた。また、景気後退後の回復の鈍さも、住宅部門の影響を受けた家計と企業のデレバレッジが一因だった(他の要因は財政対応の弱さとゼロ金利下限制約など)。実際、バーナンキ自身の過去の研究でも、バランスシートのデレバレッジとファイナンシャルアクセラレーター関連要因が経済成長のペースに大きな影響を与え得ることが示されている。ただ、金融システムがパニックに陥ることなしに住宅バブル崩壊を吸収できるほど強靭だったならば、大不況はそれほど大きなものとはならなかった、ということは主張しておきたい。同時に、パニックが政府の強力な対応によって封じ込められていなければ、経済的費用は遥かに大きなものとなっていただろう。
  • 当時のマクロ経済予測もバーナンキの主張を裏付ける一つの証拠となる。2008年に官民が出した予測では、住宅価格の低下とそれに伴う逆資産効果をかなり正確に予測していたにも拘らず、失業率や不況の深刻さを過小評価していた。これは、金融パニックという別の要因が、経済の収縮に重要な役割を果たしていたことを示唆している。
  • 従来の経済モデルが金融パニックの影響を予測し損ねたことは、大不況の危機の経験が昔ながらのマクロ経済学の有効性を実証した、というクルーグマンのより最近のポストの指摘と関連する。FRBの金融政策はインフレ的ではないという予測など、多くの点でバーナンキクルーグマンの意見に同意したし、今もしているが、論文で論じた通り、現在のマクロモデルは依然として信用市場の状態や金融の不安定性が実体経済活動に与える影響を適切に説明できず、その点ではまだ多くの研究が必要だと考える。

*1:cf. ここ