昨日取り上げた論文についにクルーグマンも反応した。そこで彼は、(昨日紹介した)ノアピニオン氏のブログエントリに加え、ディーン・ベーカーのブログエントリにリンクしている。そちらのエントリでベーカーは、かなり突っ込んだ論文批判を展開しているので、以下に簡単に紹介してみる。
- 論文では4つの民間産業をまとめて分析しているが、なぜその4業種をまとめて分析対象にしたのか説明が無い。彼らの表からすると、民間全部門を対象にしたら統計的に有意な結果が出ないことは明らかである。また、4業種をまとめて分析した場合でも、辛うじて有意であるに過ぎない。こうしたことからは、彼らは実際には多くの回帰を実施し、その4業種をまとめれば望む結果が得られることを発見したのではないか、という疑念が湧く。
- 操作変数も奇妙。まったく意味が無い変数では無いものの、同様に尤もらしい他の変数を使った場合の結果に興味が持たれる。感応度分析も幾らか実施されているが、十分とは言えない。
- 分析に使用した雇用の傾向の測定期間に対する感応度分析を見てみたい。異常期が含まれているわけであるから、異なる長さの期間について検証したかどうか確認したい。
- ある分析では、景気刺激策は公的部門の雇用にプラスをもたらさず、民間部門の雇用が多く失われている。刺激策が公的部門にも雇用をもたらさないとは信じ難い。操作変数が刺激策をうまく捉えていないことが疑われる。また、彼らのストーリーは、刺激策のせいで本来ならば民間部門で職を得るはずの人々が公的部門に雇われる、というものだが、それとも整合的でない。
- 州ごとの住宅価格の下落を表わす変数も欲しいところ。住宅バブルの最中には経済学者はそのバブルから目を背けていたが、その崩壊が大恐慌以来の不況を招いたわけであるから、さすがにもう注意を払っても良いのではないか。
- 刺激策の金額を州の財政支出で割って基準化したというのも奇妙。分母には州の人口やGDPを使うのが普通。彼らの基準化では、同じ10億ドルの刺激策でも、財政規模の小さな州の方が大きな州よりも雇用を増やすべき、ということになるが、そうなるべき理由が分からない。
- 州ごとの刺激策の効果を見るのであれば、ここで取り上げたFeyrer and Sacerdot論文の方がずっと良い。
なお、クルーグマンは、州によらず景気刺激策は減税や所得移転といった共通な方策を取っているはずなのに、現実の失業率の変化が州ごとに著しい変化を見せている点を指摘している。2007年から2010年に掛けての失業率の変化を見ると、一位は住宅バブルが最も激しかったネバダ州であり、下位はあまり人口の多くない寒冷な州が占めている。そこには住宅バブルという要素が絡んでいることは明らかである。しかしながら、論文の統計手法はそうした要素をコントロールしておらず、実際に使われた操作変数は怪しげである。ベーカーがデータマイニングを疑うのももっともなこと、とクルーグマンは書いている。その上で、最後には「実際のところ、この論文は時間を費やす価値のある代物ではない(Really, this isn’t the sort of thing worth wasting time over.)」と斬って捨てている。