というNBER論文(原題は「Inflation Targets: Practice Ahead of Theory」)を元イングランド銀行(BOE)総裁のマーヴィン・キング(Mervyn A. King)が上げている。リクスバンクのサイトに5月23-24日のコンファレンス用に用意されたungated版とスライドが上がっているが、非常に大雑把に大意をまとめると、インフレ目標は実務的に成功したため、理論がそれに毒されてしまった、という趣旨である。
その問題意識に基づきキングは、今後のインフレ目標と金融政策について以下の6つの提言を行っている。
- モデルベースのインフレや他の変数の予測を行う際、政策の信頼性について異なる仮定を追究せよ
- 現在、多くの予測は、インフレが常に2%に戻ると仮定しているモデルを用いて作成されている。それは2%が目標であるためだが、インフレ期待が目標に戻るのにかなり時間を要する経路を辿るという仮定に基づく追加的な予測を出すことも理に適っている。
- 少なくともそれは、インフレの短期の動学が長期的なインフレのアンカーに関する仮定にどれほど敏感かを明らかにする。
- そうしたシミュレーションは政策委員会に提示されるスタッフ分析で定期的に出されるべき。
- 理想を言えば、信頼性は外生ではなく内生変数となるのが望ましい。
- 現在、多くの予測は、インフレが常に2%に戻ると仮定しているモデルを用いて作成されている。それは2%が目標であるためだが、インフレ期待が目標に戻るのにかなり時間を要する経路を辿るという仮定に基づく追加的な予測を出すことも理に適っている。
- 予測を提示する際は、中心的な予測よりもその周辺のリスクに重きを置くべし
- 人生いろいろ、リスクの提示方法もいろいろ
- フォワードガイダンスを放棄せよ
- 金融政策のツールとしてフォワードガイダンスは危険。
- かつてフォワードガイダンスは失業率の経路だけを実体経済の対象変数としていたが、トラブルを引き起こした。市場は騙されたと感じれば中銀を大いに非難する。
- 経済の経路が不確実である以上、将来の政策金利など中銀は分からない。
- ただ、中銀は自分の反応関数は分かっている。フォワードガイダンスはその反応関数と中銀の経済予測を合成したもので、そこから得られるものは無く、多くの信頼性が失われる。
- 市場はその反応関数に自分の経済予測を当てはめて将来の金利の推移を推計するが、市場の経済予測は中銀の経済予測と違っているだろう。
- 中銀は3年後の政策金利ではなく現在の政策金利の設定に集中するべき。故マーヴィン・グッドフレンド(Marvin Goodfriend)と自分は、リクスバンクへの金融政策に関するレポート*4で、3年後にあるべき金利の議論で目の前の政策決定から政策委員会の注意が逸れることが如何に損害をもたらすかを示した。
- 経済の現状についてのナラティブを、会合ごと、レポートごとに構築することの方がもっと大事。
- 金融変数、特に広義の通貨供給量の推移を定期的に公表せよ
- 金融政策会合のトランスクリプトの公表をやめよ
以下は結論部からの引用。
The theory of inflation targets gradually evolved in a different direction. It shed any focus on developments in the nominal side of the economy and explained inflation in terms solely of real variables with the sole nominal variable being the inflation target. The growth of nominal demand was sidelined. In other words, it assumed that policymakers would always do the right thing. But if policymakers pursued a policy that was likely to lead to inflation moving above target – as I would argue occurred in their response to the pandemic when a reduction in aggregate supply was accompanied by a policy to boost aggregate demand way beyond anything that would maintain a balance between the two – the credibility of the inflation target would be challenged.
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Now is the time for central banks to take a gentle step back from being in thrall to the latest theoretical advance and avoid becoming the slaves of living economists.
(拙訳)
インフレ理論は徐々に(非定常性を考慮して経済の現状を捉えるという政策担当者が進むべき方向とは)違う方向に発展した。それは、経済の名目側の推移についての議論をすべて削ぎ落とし、インフレを実質変数でのみ説明するようになった。唯一の名目変数はインフレ目標だった。名目需要の伸びは脇に追いやられた。換言すれば、政策担当者が常に正しいことをすることが仮定された。しかし、インフレが目標以上に推移する可能性が高い政策を政策担当者が追求した場合、インフレ目標の信頼性には問題が生じることになる。そうしたケースは、コロナ禍への対応時に生じたことは指摘しておきたい。当時、総供給が減少した中で、総需要を押し上げる政策が実施されたが、それは需給のバランスを維持するのとは程遠いものだった。
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今や中銀は、最新の理論的発展の虜となることから穏やかに一歩下がり、生ける経済学者の奴隷となることを回避すべきである*7。
*1:cf. Forecasting for monetary policy making and communication at the Bank of England: a review | Bank of England。
*2:注では、ファンチャートは時々ダウングレードされており、例えば(キングの後継の)カーニー総裁の任期中にファンチャートが非対称性ないし歪みが無い形にダウングレードされた、というグッドハート(次注参照)の指摘が引用されている。
*4:cf. Review of the Riksbank's Monetary Policy 2010-2015 (Rapport från riksdagen 2015/16:RFR7) | Sveriges riksdag。
*5:cf. Otmar Issing - Wikipedia。
*7:これはもちろん、ケインズの有名な言葉「Practical men, who believe themselves to be quite exempt from any intellectual influences, are usually the slaves of some defunct economist.」のもじり。