コント:ポール君とラリー君――70年代と現在の比較は正しいかの巻

米国のインフレの沈静化を受け、自分の見通しが当たったとしてクルーグマンが活発にツイート活動を行ったのに対し(cf. ここ)、このテーマにおけるクルーグマンの「論敵」のサマーズは、高金利と経済の過熱にはまだ警戒が必要、と自分が出演する動画などにリンクしつつ時折りツイートする程度の静かな活動に最近は留まっていた。しかし、サマーズが反撃の狼煙を上げたとも受け止められる以下の8/24ツイートを機に、両者がまた衝突した。

This picture should be sobering to anyone convinced that we have reattained price stability.
(拙訳)
この図は、我々が物価の安定を取り戻したと確信している人すべてにとって酔い覚ましとなるだろう。


このツイートにクルーグマンが以下のように噛み付いた。

Lots of people beating up on Larry Summers over his chart making recent disinflation look just like the mid-70s disinflation, which reaccelerated. Indeed, problematic on many fronts. But the biggest issue is that the story was very different 1/
Mid-70s disinflation was achieved via a huge rise in unemployment; reasons to wonder what would happen as U came down again 2/
This time no rise in U at all, so completely different process. Oh, and a lot of the inflation resurgence was about the Iranian revolution and oil prices 3/
Could inflation take off again? Yes. But 1975 is not a useful model of how that might happen. 4/
(拙訳)
最近のディスインフレが、インフレが再加速した70年代半ばのディスインフレに極めて似ているように見せたチャートのことで、多くの人がラリー・サマーズを叩いている。実際、その図は多くの面で問題含みである。しかし最大の問題は、話が全く違う、ということだ。
70年代半ばのディスインフレは失業率の大きな上昇を通じて達成された。失業率がまた下がった後にどうなるか心配する理由があった。

今回は失業率は全く上がっておらず、従って完全に異なるプロセスになっている。それに、当時のインフレの再燃はイラン革命原油価格によるところが大きかった。
インフレが再上昇する可能性はあるのか? それはある。だが1975年はそれがどのように起き得るかのモデルとして役に立つものではない。


さらにクルーグマンは、上のクルーグマンのツイートを受けた以下のマイク・コンツァルのツイートをRTしている。

I know everyone has done their Summers's graph take, but Krugman's point here really stands out if you redo the Summers graph with unemployment as the x-axis.
The 1973-1976 episode he compares now to goes straight to the right; ours loops straight to the left. It's pretty wild.
(拙訳)
サマーズのグラフに皆が突っ込みを入れたことは知っているが、失業率を横軸にサマーズのグラフを描き直すとこのクルーグマンの指摘が実に際立つ。
彼が現在と比較した1973-1976年の期間は真っ直ぐ右に行く。我々のループは真っ直ぐ左に行く。かなり違う話だ。


その上でクルーグマンは以下のようにツイートしている

I want to enlarge on Mike's point here. The chartcrime is a relatively minor issue. More important is the fact that some prominent economists are still suffering from SAD — Seventies Analogy Disorder 1/
In the 70s disinflation required extended periods of above-normal unemployment, so that a plot of unemployment against inflation (using PCE to avoid changing definition issues) showed clockwise spirals 2/
This was what Friedman/Phelps etc had predicted, and gave natural rate/sacrifice ratio models huge credibility. But it hasn't fit the 2020s inflation/disinflation story at all 3/
Here's what recent movements look like, switching to 3m changes because annual misses the extent of disinflation 4/
This really looks like the rise and gradual fall of a pandemic-related supply shock; attempts to squeeze it into a 70s-type framework are looking increasingly desperate 5/
Sorry, but this time really is different, and economists need to accept that 6/
(拙訳)
マイクがここで指摘した話を詳説したい。詐欺グラフはどちらかと言えば小さな問題だ。より重要なのは、一部の著名な経済学者が未だにSAD――70年代アナロジー症候群――を患っていることだ。
70年代のディスインフレでは、通常より高い失業率の期間が長く必要だった。そのため、失業率とインフレ(定義変更の問題を避けるためPCEを使う)を描画すると、時計回りの渦になる。

これは、フリードマンフェルプスらが予言したことであり、自然失業率と犠牲率のモデルの信頼を大いに高めた。しかしそれは2020年代のインフレとディスインフレの話には全く当てはまらなかった。
最近の動きは以下のようになっている。ここでは3か月の変化を使ったが、それは前年同月比だとディスインフレの程度を捉え切れないからである。

これは完全に、コロナ禍関連の供給ショックの発生とその漸進的な減衰のように見える。これを70年代型の枠組みに無理に当てはめようとするのは、ますますもって乱暴な話に思われる。
www.employamerica.org
申し訳ないが、今回は本当に話が違う。そして経済学者はそのことを受け入れるべきだ。


一方のサマーズは、このクルーグマンの詳説ツイートとほぼ同時期に、自分がこの点について書いたWaPo論説をRTして、最初のツイートの立場を堅持している

It is sobering to recall that the shape of the past decade’s inflation curve almost perfectly shadows its path from 1966 to 1976 before it accelerated in the late 1970s.
(拙訳)
過去10年のインフレ曲線の形状が、ほぼ完全に1966年から1976年の経路を辿っており、当時はその後1970年代末にインフレが再加速したことを思い起こすのは、酔いが醒める話である。


ちなみに、最初のサマーズのツイートのグラフはサマーズが描いたものではなく、チャールズ・シュワブのChief Global Investment StrategistのJeffrey Kleintopが描いたもののようである。


(H/T 以下のツイート)


また、クルーグマンの最初のツイートは、サマーズのツイートそのものではなく、それを詐欺グラフと断罪した以下のJim Biancoというリサーチ会社社長のツイートをRTする形で投稿されている。


Biancoが詐欺グラフと断罪したのは、縦軸の尺度を変えて重ねているほか、CPIの計算方法が昔と今とで変わっているのにもかかわらずそれを無視しているからである。皮肉にも、サマーズ自身がその計算方法の変更の補正について書いた論文を昨年出しているので*1、それを用いてBiancoが計算の基準を揃え、かつ同尺度で描き直した図が以下になる。

こちらの図では、類似の程度が最初の図に比べて低くなっている*2


[8/26追記]
サマーズがWaPo論説をRTしたツイートに、ブランシャールが以下のように反応したクルーグマンがRTしている)。

Larry: Are you becoming chartist? 😀(I kind of remember that something happened at the end of the 1970s, like a trippling of oil prices, which might be vaguely relevant. Do u expect it to happen again?)
(拙訳)
ラリー、チャート分析家になろうとしているのかい?😀 (1970年代末に何が起きたか何となく覚えている。例えば原油価格が3倍になったりしたが、そのことがまあ関係しているのだろう。それがまた起きると予想しているのかい?)

それにサマーズが次のように応じた

Olivier. I am not a technical analyst and I am well aware of the 1979 oil shocks. No historical situation ever matches the present.
But I think it’s relevant to inflation debates that premature declarations of victory, when inflation subsided, have been hallmarks of past inflation episodes. Don't you?
(拙訳)
オリビエ。私はテクニカルアナリストではないし、1979年のオイルショックのことは良く知っている。現在と同じ歴史的状況は存在しない。
しかし、インフレが沈静化した時の早過ぎる勝利宣言が過去のインフレの事例における顕著な特徴だったことは、インフレの議論にとって重要だと私は思う。そう思わないかい?


[8/27追記]
ブランシャールの反応

Yesterday, I trolled Larry Summers, as I thought his graph was more misleading than helpful. But I fully agree with the major points of his WAPO column today: Inflation is still too high, unemployment very low, and deficits too large.
(拙訳)
昨日、私はラリー・サマーズを煽ってしまった。というのは、彼のグラフは有用というよりも誤解を招くものだと思ったからだ。しかし彼の今日のWAPO論説の主要な論点には、満腔の想いを以って同意したい。インフレは未だ高過ぎ、失業率は非常に低く、財政赤字は大きすぎる。

*1:本ブログでは「過去と現在のインフレの比較 - himaginary’s diary」で紹介した論文。

*2:ただしBiancoは、物価の安定は達成されていないのではないか、というサマーズの懸念は自分も共有する、と断っている。とは言え、詐欺グラフをそのよすがにはできない、との由。