インフレ目標の正式採用がマクロ経済に与える影響

というIMF論文をMostly Economicsが紹介している。原題は「Macro Effects of Formal Adoption of Inflation Targeting」で、著者はSurjit Bhalla(IMF)、Karan Bhasin(オールバニー大学)、Prakash Loungani(IMF)。
以下はその要旨。

We examine the impact of formal adoption of inflation targeting (IT) on inflation, growth and anchoring of inflation expectations in advanced economies and emerging markets and developing economies (EMDEs). Our paper reports several findings relevant to assessing the success of IT regimes. We find that while the early adopters of IT (pre-2000) all saw declines in inflation rates following adoption, IT adopters since then have enjoyed such success in only about half the cases. Since there is not much difference, on average, between IT and non-IT countries in mean inflation, inflation volatility and the extent of inflation anchoring, it is not easy to sort out what role IT has played in ensuring good outcomes; in particular, we cannot rule out the possibility that the success of IT may be due to ‘regression to the mean’. Our country-level analysis—using the Synthetic Control Method (SCM) to compare outcomes in IT countries to a synthetic cohort—shows that IT adoption delivers significant inflation gains in about a third of the cases. At the same time, we also find limited support for the concern that adoption of IT systematically leads to poorer growth outcomes. At a time when central banks are struggling to keep inflation in check, our results suggest that the belief that IT adoption will be sufficient to achieve this goal cannot be taken for granted.
(拙訳)
我々はインフレ目標の正式な採用が、先進国ならびに新興国発展途上国(EMDEs)におけるインフレ、成長、およびインフレ予想の固定化に与えた影響を調べた。本稿は、インフレ目標の体制の成功を評価するのに関連する幾つかの発見を報告する。インフレ目標の初期(2000年以前)の採用国では全て採用後にインフレ率が低下したが、それ以降の採用国では半分のケースのみがそうした成功を享受したことを我々は見い出した。平均的にはインフレ採用国と非インフレ採用国で平均インフレ、インフレの変動率、およびインフレの固定化の程度にはあまり差が無いため、良い結果を確かなものとするのにインフレ目標がどのような役割を演じたかを明らかにするのは難しい。特に、インフレ目標の成功が「平均への回帰」によるものだという可能性を我々は排除できなかった。インフレ採用国の結果を合成コホートと比較するために合成コントロール手法を用いた国レベルの分析では、インフレ目標の採用が3分の1のケースで有意なインフレの利得をもたらすことが示された。同時に、インフレ目標採用が体系的に成長の悪化をもたらすという懸念について限定的な支持を示す結果を得た。インフレを抑えようと各国中銀が苦闘している時期に、我々の結果は、インフレ採用がその目標達成にとって十分である、という考えは当然視できないことを示している。

結論では、この論文は、約20年前のボールらの論文(Ball and Sheridan, 2004*1)の研究について期間を延長し、手法も拡張し、対象国も拡大したが、彼らと同様にインフレ目標が経済のパフォーマンスに有効だという結果は得られなかった、と述べている。
結論ではまた、自分たちの発見の持つ意味として以下の4点を挙げている。

  1. インフレ目標採用の意義を主張する中銀や国際金融機関は、あるいはこの研究で使用したものよりも洗練された実証結果に基づいてそのように判断しているのかもしれないが*2集団思考の危険性を考えれば*3、批判的な視点からも得るものがあるはず。インフレ目標に関する研究に出版バイアスがあることを見い出したメタ分析*4に鑑みれば、そのことは特に重要。
  2. インフレ目標の推進者は、インフレ目標を正式採用しなくても事実上採用すれば金融政策は改善する、と主張するかもしれないが、その場合、国際金融機関がインフレ目標の正式採用を推奨する意味が問われる。むしろ、ある国の経済パフォーマンスが他の国より優れている理由に焦点を当てるべき。
  3. 今回の分析はインフレ目標の完全な費用便益分析を行ってはおらず、ここでは考慮していないインフレ目標の利点もあり得る。同時に、インフレ目標にこだわるあまり政策の間違いが生じる可能性もある。別の論文で、インドのインフレ目標採用についてより完全な費用便益分析を行う予定。
  4. 我々にとって本研究の結果は、インフレの大平穏期についてインフレ目標以外の説明を真剣に検討すべきことを示している。主要候補は、人口動態の変化やグローバル化といった様々な構造要因が過去数十年間のインフレの緩和に主な役割を果たした、というもの。その点についても研究を進めている。

*1:cf. IMF論文版

*2:論文はその点についてRoger(2009)を参照している。

*3:論文はその点についてStaff(2011)を参照している。

*4:具体的にはBalima et al.(2017)Balima et al.(2020)を論文では参照している。