財政赤字を巡る論点整理の一つの試み

防衛費の増額など政府支出の増加が求められる中、それを増税で賄うのか、それとも国債発行で賄うのか、という議論が折に触れ再燃している。ここでは、そうした論争における各論者の立場の違いを、自分なりに簡単に整理してみる。

ある年度の歳出と歳入を考えた場合、当年度の歳出を賄うのは税収か国債発行による借り入れに二分され、借り入れは最終的な返済手段によって3種類に分類できる。

  • 当年度の歳出を賄う手段
    • 当年度の税収
    • 借り入れ
      • 借り入れの最終的な返済手段による分類
        1. 将来の自然増収
        2. 将来の増税
        3. 将来のインフレ

このような財政の資金調達に対する各論者の立場を大まかに分類すると、以下の3つの理念型に大別される、というのがここでの試論。

  • 均衡財政主義
    • この立場の考え方は概ね以下の通り。
      • 当年度の歳出はあくまでも当年度の税収で賄うことを原則とすべき。借り入れは本来するべきではなく、するとしても資金調達の技術的な要因による一時的なものに留めるべき。
      • 将来の自然増収を見込んで支出や借り入れを行うのは、不確実性を伴う話であり、なし崩し的な支出と借り入れの拡大につながるのでやめておくべき。
      • 将来の増税やインフレで借り入れの返済を見込むのは、将来世代に負担を押し付けることになるので、以ての外。
    • 日本では、かつて経済と税収が高い成長を遂げていた時代には均衡財政主義が当然視されていたが、現在もこの考え方を堅持しているのは財務省の一部など少数派になっていると思われる。
  • EBPM重視派
    • この立場の考え方は概ね以下の通り。
      • 将来の自然増収が見込めるのであれば、その範囲で借り入れを認める。そのために各支出項目は精査する必要があり、費用便益分析などのEBPMによる裏付けを支出の要件とすべき。具体的には、原則として、当該支出による将来の増収によって現在の追加借入分が賄える項目のみ支出を認める。
      • EBPMを徹底すれば、なし崩し的な支出拡大は防げる。それを保証する制度的な仕組みとして、超党派の財政委員会などを設置する。
    • この考え方は、現在の経済学者やエコノミストでは比較的主流になっていると思われる。
    • この立場においても、将来の増税やインフレで返済を見込むのは、将来世代に負担を押し付けることになるので、以ての外、と考える人が多いと思われる。
    • 小生の愚見によれば、EBPMを支出の要件とすることは科学的な手法として評価できるが、ただし以下の点は要注意かと思われる。
      • 各支出項目についてEBPMを整備することは多大な労力を要し、現実的ではない可能性がある。
      • EBPMは、社会の在り方といった哲学的な要件に関する社会的なコンセンサスを取り込めるほど十分に進化していないと思われる。例えば、統計的生命価値だけで費用便益分析を推し進めた場合、年金や介護、生活保護などの社会保障の多くを削減したり負担増を求めたりする結果に陥る可能性がある。従ってその論理を貫徹し過ぎると、社会不安を招き、国の経済を却って損なう恐れがある。
      • EBPMはまた、研究開発のように個別項目の当たり外れが大きいがその結果が事前にはほとんど分からず、総合的かつ長期的視野で考える必要があるものの効果を測定できるほど十分に進化していないと思われる。そのためこの立場をあまり貫徹し過ぎると、長期的に国の経済の発展を支えるのに必要な支出を削減してしまう恐れがある。
  • シニョリッジ重視派
    • この立場の考え方は概ね以下の通り。
      • 借り入れをそもそも上記のいずれかの方法で返済する必要は必ずしもない。国全体の需要が生産能力を超えたことがインフレの高進で明確になるまで借り入れを増やしても経済に問題は生じないので、その範囲で財政支出は拡大できる。
      • その際、借り入れは、中銀によってマネタイズできる(注:MMTの考え方を取るならば、ここで中銀のマネタイズを介する必要もない)。
    • この考え方に対する小生の愚見は以下の通り。
      • この考え方に立ったとしても、インフレという制約が存在するので、野放図な財政支出が可能になるわけではない。従ってEBPMなどによる支出項目の優先付けは依然として必要。
      • この考え方に基づいて、シニョリッジによる支出拡大許容幅をある程度信頼性を以って計算できるならば、それも一種のEBPMと言うことができるのではないか。従って、EBPM重視派とこの立場の差異は見掛けほど大きくはないのかもしれない。
      • ただ、そうした計算に当たっては、個々の支出内容のみならず全体の支出の状況、ならびにそれと国全体の経済との相互作用を織り込む必要がある。こうしたマクロベースのEBPMの計算の複雑性は、通常のミクロベースのEBPMよりも格段に高いため、他の経済学者も納得できるだけの信頼性を得るには、経済学研究のさらなる発展が必要。それまではこの考え方によって主流派を説得することは困難と思われる。
      • 制約条件たるインフレをどこまで許容するか、というのも一つの検討課題(cf. 財政赤字ギャンブルの得失 - himaginary’s diary)。