とEdward L. GlaeserがEconomixに書いている(原題は「Economics Offers Tactics, Not Strategy」)。
ここでGlaeserがテーマとして取り上げているのは財政問題だが、彼によると、財政には以下の2つの側面があるという。
- 広範な国家的優先順位
- 例:
- 軍事と医療と教育のどの支出を優先するか
- 富裕層と中流階級のどちらに課税負担を掛けるか
- 例:
前者の優先順位の決定に際しては経済学の出る幕は無い、とGlaeserは言う。それは政治や哲学の問題であり、経済学の出番はあくまでもそうした優先順位が決定された後のこと、と彼は主張する。
また、経済学の戦術としての有用性については、彼は以下の2つを挙げている。
- ある公共政策のもたらす様々な影響を列挙する
- 例:
- 相続税を上げた場合、何が起きるか? …人々の貯蓄意欲を低下させるか? 逆に遺産を増やそうと人々がより貯蓄をするようになるか? 相続人の受け取りが減少すると、彼らはより働くようになったり、より婚期を遅らせたりするか?
- ただし、こうした思考は財政政策過程の重要な部分ではあるが、どの支出を削減すべきかについては何も教えてくれない。
- 例:
- 非効率性の減少によって皆の効用が改善する方法を見い出す
- 例:
- 家賃統制への反対
- 別に借家人から家主への支出を増やしたいわけではなく、家賃統制には大いなる無駄が伴うため、その無駄の削減が皆の効用を改善することにつながるので。
- 市場独占への反対
- 別に独占企業から利益を奪いたいわけではなく、独占が過小生産と非効率性につながるので。
- 家賃統制への反対
- 例:
Glaeserが今回このようなことを書いたのは、NYT記者のデビッド・レオンハートが作成した財政赤字削減シミュレーションに彼なりの解を提供することを求められたから、とのことである(Economix外部執筆者の経済学者5人にそうした申し入れがあったという)。当初彼はそれに応えようと解を記入し始めたが、記入しているうちに、経済学の知見ではなく彼自身の好みによってほとんどの解を選んでいることに気付いたため、結局その申し入れを断ったとの由。
ただその一方で、確かに上述の効率性の観点だけから考えても排除もしくは支持される政策はある、とGlaeserは指摘する。例えば:
- 住宅ローン利子控除は、分不相応な家を買うために過剰な借り入れを行ったり、住宅市場の変動への賭けを強める傾向をもたらすので、悪い政策と言える。
- 農業への補助金は、立地や産出の決定を歪めるのに加えて、肥満の問題を抱えている国にさらに食糧を供給することになるので、意味が無い。
- 炭素税やリスクの高い事業を営む銀行への税金は、たとえ財政赤字の問題が無くても支持すべき政策。これらは、人々や企業が自らの行動に伴う社会的費用を負担しなければ、間違った決定をしてしまう――過度のエネルギー消費や、最終的には救済が必要になるようなギャンブル的行為のような――という例。
とは言え、そうした項目だけでは、レオンハートのシミュレーションにおいて求められる均衡財政という解を出すことはできない。そのような解を出すためには思い切った増税や軍事支出や社会保障費の削減が必要になるが、それには経済学者の知見は役に立たない、とGlaeserは言う。具体的には:
- 我々の軍隊は世界で重要な役割を果たしているが、一体それは費用に見合っているのだろうか? 軍事専門家はそうした金額換算値を提供しないし、Glaeserにもその数字は分からない。
- メディケアの受給資格年齢を70歳に引き上げるのが良いのか、それとも増税で賄うが良いのか? 換言すれば、69歳の人が苦労すべきか、それとも残りの人が苦労すべきか? これは基本的には社会的、倫理的、政治的問題である。
Economixに提供するのは自らの政治的好みではなく財政の戦術面についての知見に留めたい、とGlaeserは最後に強調している。