アーサー・バーンズの亡霊

というProject Syndicate論説をスティーブン・ローチ(Stephen S. Roach)が書いている(原題は「The Ghost of Arthur Burns」、H/T Mostly Economics)。全体の内容についてはThe Financial Pointerさんが上手に要約されているが、景気循環の大家であったバーンズが、その研究者としての成功体験をインフレに応用して陥穽に嵌っていく様子が描かれている。

...Burns, who ruled the Fed with an iron fist, lacked an analytical framework to assess the interplay between the real economy and inflation, and how that relationship was connected to monetary policy. As a data junkie, he was prone to segment the problems he faced as a policymaker, especially the emergence of what would soon become the Great Inflation. Like business cycles, he believed price trends were heavily influenced by idiosyncratic, or exogenous, factors – “noise” that had nothing to do with monetary policy.
(拙訳)
・・・FRBを鉄の規律で統治していたバーンズは、実体経済とインフレの相互作用、ならびにその関係が金融政策とどのように結び付くかを評価する分析的枠組みを欠いていた。データおたくだった彼は、政策担当者として直面した問題を小分けにしていく傾向があり、間もなく大インフレに転じていく現象が出現した際にはそれが顕著だった。景気循環と同様、物価のトレンドは特異的ないし外生的な要因――金融政策とは無関係の「ノイズ」――に大きく左右される、と彼は信じていた。

その信念に基づきバーンズは、FRB職員の抗議を押し切り(FRBがやらないなら「ニューヨークの誰か」――以前の職場のコロンビア大かNBERを指していたものと思われる――に頼む、とまで言ったという)、1973年に、CPIから以下の項目を除外した指数を計算させた、との由。

  • 第四次中東戦争原油価格が4倍に高騰したことを受けて、CPIの11%を占める原油関連製品(家庭暖房用灯油や電気)を除外
  • 1972年のペルー産のアンチョビが壊滅状態になったエルニーニョ現象などの異常気象により肥料や家畜用食糧の価格が上昇し、その結果、牛肉や鶏肉や豚肉が高騰したことを受けて、CPIの25%を占める食糧を除外

We didn’t know it at the time, but we had just created the first version of what is now fondly known as the core inflation rate – that purified portion of the CPI that purportedly is free of the volatile “special factors” of food and energy, where gyrations were traceable to distant wars and weather. Burns was pleased. Monetary policy needed to focus on more stable underlying inflation trends, he argued, and we had provided him with the perfect tool to sharpen his focus.
It was a fair point – to a point; unfortunately, Burns didn’t stop there.
(拙訳)
当時は分かっていなかったが、我々は、今ではコアインフレ率という甘い呼び名で知られているものの最初のバージョンを作成したのである。遠い国の戦争や気象によって変動が引き起こされる食糧とエネルギーという上下しやすい「特別要因」に左右されないはずのCPIの精製部分、というわけだ。バーンズは喜んだ。金融政策は、より安定した基底にあるインフレ傾向に焦点を合わせるべきである、と彼は論じ、我々はその焦点を明確化する完璧なツールを彼に提供した。
それは一理ある指摘だった――ある程度までは。残念ながら、バーンズはそこで止まらなかった。

続く数年でバーンズが除外したのは、トレーラーハウス、中古車、子供用玩具、女性の宝飾品、そしてCPIの16%を占める住宅保有コストだったという。その結果、CPIの35%だけが残されたが、その時にはそれも2桁の上昇を示していた。ローチはそこから得られる教訓を今日に繋いでいる。

Only at that point, in 1975, did Burns concede – far too late – that the United States had an inflation problem. The painful lesson: ignore so-called transitory factors at great peril.
Fast-forward to today. Evoking an eerie sense of déjà vu, the Fed is insisting that recent increases in the prices of food, construction materials, used cars, personal health products, gasoline, car rentals, and appliances reflect transitory factors that will quickly fade with post-pandemic normalization. Scattered labor shortages and surging home prices are supposedly also transitory. Sound familiar?
(拙訳)
その時初めて、1975年にバーンズは、あまりにも遅ればせに、米国にはインフレ問題がある、と認めた。苦痛に満ちた教訓:いわゆる一時的要因を無視することには大いなる危険がある。
今日に話を早送りしてみよう。不気味な既視感を呼び覚ます形で、FRBは、食糧、建設資材、中古車、個人健康製品、ガソリン、レンタカー、および電気器具の最近の価格上昇は、コロナ禍後の正常化過程で急速に薄らぐであろう一時的要因を反映している、と主張している。各所での労働力不足や住宅価格の高騰もまた一時的とされている。どこかで聞いた話ではないか?

なお、労働要因についてローチは以下のような興味深い指摘を行っている。

While there are always good reasons to worry about productivity, wages appear to be largely in check; unionized labor, which, in the 1970s had sparked a vicious wage-price spiral through cost-of-living indexation, has been neutralized by global competition. But that doesn’t rule out a very different form of global cost-push inflation – namely, the confluence of supply-chain congestion (think semiconductors) and protectionist clamoring to reshore production.
(拙訳)
生産性について懸念すべき理由は常に十分にあるが、賃金は概ね抑制されているように見える。生計費の物価スライド制を通じて賃金と物価の悪循環を1970年代に引き起こした労働組合は、世界的競争によって力を失った。だが、全く違った形の世界的なコストプッシュインフレの可能性が消えたわけではない。即ち、サプライチェーンの渋滞(半導体を見よ)と、生産を自国に回帰させよ、と怒号する保護主義者の合わせ技である。

その上でローチは、バーンズの時代と同様に今日の金融緩和は行き過ぎているのではないか、と警鐘を鳴らしている。