なぜトランプの貿易戦争は失敗したのか?

クルーグマンが、トランプの貿易政策が所期の目的を達成できなかった理由を追究した表題の小論を書いている(原題は「Why Did Trump’s Trade War Fail?」、H/T タイラー・コーエン)。以下はその一節。

I don’t mean that the burden of tariffs appears to have fallen on U.S. consumers rather than foreign exporters, which was widely predicted. Nor do I mean that the net effect of the trade war on U.S. real income was probably negative, which is also what almost all economists would have predicted.
What I mean instead is that the trade war doesn’t seem to have achieved Trump’s stated aims — aims that the rest of us may consider ill-advised, but which should nonetheless have been achievable. Protectionism, it turns out, didn’t reduce the trade deficit, either overall or in manufacturing. It also doesn’t seem to have reversed the ongoing decline in manufacturing as a share of total employment.
(拙訳)
私が言いたいのは、広く予測されていたように、関税の負担が海外の貿易業者ではなく米国の消費者に課された、ということではない。また、やはりほぼすべての経済学者が予測していたであろう通り、貿易戦争が米国の実質所得に与えた差し引きの効果がおそらくマイナスだった、ということでもない。
私がここで言いたいのは、貿易戦争がトランプの所期の目的を達成しなかったように見える、ということである。その目的はトランプ以外の我々が無分別だと考えていたが、それにもかかわらず達成可能だったものである。保護主義は、全体にしろ製造業部門にしろ、貿易赤字を減らさなかったことが明らかとなった。またそれは、足元で続く製造業の雇用者比率の低下を逆転させることも無かったように見える。

その失敗の理由候補としてクルーグマンは以下の3つを挙げている。

  1. 一般均衡:貿易収支は貯蓄投資バランスによって決まるので、貿易政策が影響するはずがない。
  2. 他の政策の影響:2017年の減税・雇用法は大規模な資本流入を招来する政策だったが、それは単純な会計等式により、貿易赤字を増やすことになる(ただしトランプ陣営がそれを理解していたかは不明)。
  3. トランプ関税の構造設計が、彼自身の観点に照らしても、拙劣だった。

これについてクルーグマンは、3が理由であろう、と述べ、他の2つの理由を棄却している。
1については、貿易赤字がマクロ経済現象であるからといって貿易政策が貿易赤字に影響しないと敷衍するのは誤り、として否定している*1。その点についてクルーグマンは、貿易障壁は、天然のものであろうと人工のものであろうと、自国の投資家と他国からの投資家の期待収益に差をもたらし、資本移動を減らす、というメカニズム*2を指摘している。
2については、租税回避のための海外子会社から親会社への一時的なものを除き、実際には資本流入は生じなかった、としてやはり否定している。そうした流入が生じなかった理由としてクルーグマンは、設備やソフトウエアへの投資は償却期間が短いので、資本コストにそれほど敏感でないことを挙げている。また、貿易戦争がもたらした不確実性も企業が投資に二の足を踏む要因になった、とも指摘している。トランプ関税のせいで、外国からの投入への依存度が高いプロジェクトに投資しにくくなった一方で、トランプ関税がいつまで続くか分からないので輸入代替生産にも投資しづらい、というわけである。さらにクルーグマンは、減税が貿易赤字を増やす経路であるドル高が生じなかったことも指摘している。
3の関税の拙さについてクルーグマンは、中間財を主対象にしたことを挙げている。それによって関税の実効的な保護効果が下流の産業においてマイナスとなり、そのマイナスがプラスの効果を上回った、というわけだ。クルーグマンはまた、貿易戦争が中国を主目標としたため、企業が生産拠点を中国から別の国に移しただけに終わり、国内産業の保護につながらなかった、という可能性も指摘している。

*1:これはクルーグマンの以前からの持論。本ブログでその点を取り上げたエントリとしては例えばここやそこでのリンク先参照。

*2:その極端な例として火星[に文明が存在したとして]と地球の貿易の例をクルーグマンは挙げている。火星での収益がいかに高くても、地球の資本黒字に対応する火星の貿易赤字が貿易の困難性により生じ得ないので、地球の投資家は投資しない、との由。