ドル安の謎を解く

バリー・アイケングリーンが、過去1年間のドル安の進行は予測できなかった、とProject Syndicateに書いている。アイケングリーン自身は以下を根拠にドル高を予想していたという。

  • 減税と金利の正常化は、拡張的な財政と緊縮的な金融政策の組み合わせをもたらすが、そうした組み合わせはレーガン=ボルカー時代にドルを押し上げた。
  • 税制変更により米企業が利益を本国に戻し、資本流入が増加することもドル高に寄与するはず。
  • 新たな輸入関税は輸入価格を高めて需要を国内製品に向けるが、完全雇用に近い経済ではそれを相殺するように需要を海外に戻す効果が働くはず。それは実質為替相場の増価で起きる可能性が最も高く、それもインフレよりはドル高で起きる可能性が高い。

しかし1年以上に渡って市場がそれとは逆の動きを示した以上、その理由を考えねばならない、として以下の説明候補を挙げている。

  • トランプが公約を実行しなかった
    • 全面的な輸入関税は実施されず、NAFTAは破棄されず、1兆ドルのインフラ投資は実施されなかった。
    • しかし、大規模な減税は実施され、それにより利益を本国に戻すインセンティブが生まれた。他の条件が等しければこれはドル高をもたらすので、それ以上にドルを弱める要因があったはず。
  • 実質為替相場の上昇が為替の増価ではなくインフレ上昇で起きると投資家が考えた
    • この考えでは、FRBの引き上げがインフレに遅れを取ったことになる。しかし、過去1年間にインフレの上昇は見られず、市場の懸念はむしろ引き上げペースが加速することに向けられている。そして、金利が高まればドルが上昇する。
  • 政治の不確実性
    • ある方向に向かっていると思われた政策が突然逆転する状況では、投資家は政策の影響を予測しようがない。
      • 大規模なインフラ投資のはずが小規模になり、TPPから離脱したはずが復帰の可能性が生じ、ドル高政策を放棄したと思われたムニューシン財務長官がまたそれを掲げた。そうしたことが日々起きている。
    • 投資家は不確実性を何よりも嫌う。特に、セーフヘイブンとしての地位が最大の魅力となっている通貨についてはそうである。投資家がこれまでドルを買ってきたのは、安定性もさることながら、強大な軍事力ならびに世界最大の流動性と規模の金融市場を持つ国の発行通貨、という「有事のドル」の側面にあった。
    • しかし今やその発行国の大統領は、防衛同盟に疑問を呈し、新たな攻撃兵器を誇示するロシアに事実上塩を送っている。また政府閉鎖を促して米国債市場の流動性に疑念を抱かせた。

アイケングリーンは最後に、ホワイトハウスの混乱が続けばドルはさらに下落するかもしれないが、トランプが3月1日に鉄鋼とアルミへの輸入関税措置を発表した時には株が下がりドルが上がった、と指摘し、それが今後の為替相場の前触れかもしれない、と述べて論説を結んでいる。