同じ目標、違う経済:インフレの各国比較

というタイトルのレポート(原題は「Same Target, Different Economies: A Cross-Country Analysis of Inflation」)をセントルイス連銀の研究者2人(YiLi Chien、Julie Bennett)が3月に同銀の「Regional Economist」サイトに上げているMostly Economist経由のセントルイス連銀「On the Economy」ブログ経由)。
レポートでは2012年1月から2019年9月のOECDのCPIデータを元に、米日独仏英の5ヶ国についてCPIインフレ率に最も寄与した5項目を挙げている。

総合インフレ率平均 費用項目 インフレ寄与(%ポイント) 全体のインフレ率に占める比率
米国 1.56% 住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料 1.00 64%
その他の財、サービス 0.21 13%
医療 0.17 11%
レストラン、ホテル 0.16 10%
教育 0.09 6%
日本 0.69% 食料、非アルコール飲料 0.30 44%
住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料 0.09 13%
その他の財、サービス 0.08 12%
レストラン、ホテル 0.08 12%
娯楽、教養 0.05 8%
フランス 0.94% 住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料 0.24 26%
輸送 0.18 19%
その他の財、サービス 0.17 18%
食料、非アルコール飲料 0.17 18%
レストラン、ホテル 0.15 16%
ドイツ 1.27% 住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料 0.37 29%
食料、非アルコール飲料 0.21 17%
娯楽、教養 0.17 14%
輸送 0.13 10%
アルコール飲料、タバコ、麻薬 0.10 8%
英国 1.80% 住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料 0.59 33%
レストラン、ホテル 0.25 14%
輸送 0.20 11%
アルコール飲料、タバコ、麻薬 0.14 8%
娯楽、教養 0.13 7%

その上で、概ね以下のような考察を示している。

  • 各国の総合CPIインフレ率平均は2%以下だが、日本の0.69%から英国の1.8%に至るまで幅がある。日本以外では、「住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料」費用が最も全体のインフレに寄与(日本の最大の寄与は「食料、非アルコール飲料」費用)。
  • ただ、住宅の寄与にも幅があり、米国では1%ポイント、即ち1.56%の全体のインフレ率の64%寄与するのに対し、仏独英での寄与はそれぞれ26%、29%、33%である。日本は僅か13%。
  • 寄与には各項目のインフレ率とウェイトの両者が関係するが、米国の住宅費用は両要因が押し上げている。米国の住宅インフレ率(2.7%)と住宅消費ウェイト(36.7%)は共に5か国の中で最大。特に住宅消費ウェイトは日本(19%)やフランス(9.8%)と比べると大きさが際立つ。
  • OECDは「住宅、水道、電気、ガス及びその他の燃料」をさらに分解したデータを示している。それを見ると、米独では実際の家賃および帰属家賃が寄与の大半を占めており、全体のインフレ率への寄与は米は0.93%ポイント(59%)、独は0.28%ポイント(22%)となっている。一方、日本ではその寄与は-0.05%ポイントとマイナスになっている。日本では電気、ガス及びその他の燃料がこの項目を押し上げており、全体のインフレ率への寄与は0.12%ポイント(17%)。この比較的高い寄与は、日本が原子力エネルギーから石炭や天然ガスへシフトしていることも一因であろう。
  • 住宅費が各国で寄与の上位に来たものの、それ以外の項目の重要性はばらけている。例えば医療費は、米国ではインフレ率に対する寄与が3番目となっているが、他国では寄与の下位4項目に入る。これは米国の医療システムが他国に比べて民営化されており、政府が医療費の増大に掛ける規制が緩いためと考えられる。
  • 輸送費は米国以外ではプラスの寄与。仏英独ではそれぞれ2、3、4番目となっている。米国では-0.14%ポイントとマイナスの寄与。米国では輸送関連の財・サービス価格がデフレ圧力を受けていたことになる。
  • 米国で輸送費を押し下げた内訳項目は燃料費で、寄与は-0.18%ポイント。即ち、輸送費の寄与の128%に達した。それ以外の国ではこの内訳項目の対輸送費インフレ率の比率は相対的に小さく、日本は7.5%、フランスは17%、ドイツは-23%となっている。米国で近年ガソリン価格が他国よりも下がったこと、米国が車依存社会であることがそうした差の要因になっていると思われる。
  • このように国ごとにインフレを動かす要因が生産技術の変化や政府の規制といった様々な理由で異なることを考えると、標準的な2%のインフレ目標が先進国共通で最善かどうか、という疑問が生じる。また、今後の研究は金融政策がインフレの各要素にどのように働くかを検討すべきである。