独裁者の2つのジレンマ

というProject Syndicate論説をMostly Economicsが紹介している。原題は「The Dictator’s Two Dilemmas」で、著者はコロンビア大のAndrew J. Nathan。
以下はその冒頭。

Authoritarian regimes often enjoy more public support than democratic governments do. To discover why, my colleagues and I administered the Asian Barometer Survey in four waves across 14 Asian countries between 2001 and 2016. What we found is that authoritarian regimes actually suffer from acute near- and long-term vulnerabilities.
When asked how much confidence they have in six different government institutions, respondents in China and Vietnam expressed “quite a lot” or “a great deal” of trust in 4.4-5.3 institutions, on average, whereas Japanese and Taiwanese respondents trusted only 2-2.6 institutions.
We then asked four questions about whether respondents thought their form of government could solve the country’s problems and thus deserved the people’s support. Japanese, Taiwanese, and South Korean citizens gave more “no” than “yes” answers, while citizens in Vietnam, China, Myanmar, Cambodia, and other authoritarian countries answered yes much more often than no.
The conventional wisdom is that such results reflect the effects of nationalism and access to media. That is correct. In both democratic and authoritarian systems, citizens who express pride in their country also are more likely to express support for the regime.
Likewise, greater trust in media has a positive effect on regime support. In democracies, where media options are diverse and often critical of the government, citizens who have more trust in media are more likely to feel that they understand why the government does what it does. In authoritarian systems, where the media are government-run or government-influenced, citizens who believe official sources are more likely to support the regime.
(拙訳)
専制政権は民主的な政府よりも大衆の支持を多く得ることが多い。その理由を探るため、同僚と私はアジアン・バロメーター・サーベイをアジアの14ヶ国について2001年から2016年の間に4回実施した。我々が見い出したのは、専制政権は実際には短期および長期の深刻な脆弱性に曝されている、ということであった。
6つの相異なる政府機関をどの程度信頼しているか、という質問に対し、中国とベトナムの回答者は平均して4.4-5.3機関を「非常に」もしくは「大いに」信頼していると回答した一方、日本と台湾の回答者は2-2.6機関を信頼しているにとどまった。
次に我々は、自国の政府形態が国の問題を解決でき、従って人々の支持に値する、と回答者が考えているかどうかについての4つの質問を行った。日本、台湾、韓国の市民では否定的な回答が肯定的な回答より多かったが、ベトナム、中国、ミャンマーカンボジア、およびそれ以外の専制国家では肯定的な回答が否定的な回答より多く見られた。
一般的には、そうした結果はナショナリズムとメディアへのアクセスを反映していると考えられている。それは正しい。民主国家と専制国家の両方で、国に対する誇りを表明した市民は政権を支持する傾向にあった。
同様に、メディアへの信頼は政権支持にプラスに働いた。メディアの選択が多様で政権に批判的なことも多い民主国家では、メディアを信頼する市民は、政府の行動の理由と内容を自分は理解していると感じる傾向にあった。メディアが政府の運営もしくは影響の下にある専制国家では、公的なソースを信じる市民は政権を支持する傾向にあった。

この後Nathanは概ね次のようなことを書いている。

  • 回答者の家族の経済厚生は政権支持にほとんど影響しない。人々は、経済全体の状況については政権に責任があると考えているが、自分の家族の経済状態については自分自身の責任だと考えているように思われる。
  • 民主、専制の両体制において市民は、「公平」の維持という政府の役割に重きを置いている。ここで「公平」は、貧富を平等に扱い、言論・集会の自由を守り、食料・衣料・保護などの基本的必需品へのアクセスを確保する、として定義されている。また、腐敗を正し、法を執行し、回答者が国が直面する最も重要な問題だと思うものを解決する「実効性」にはさらに大きな重きを置いている。
  • 専制政権は民主制よりも、腐敗や権力の乱用、および、秘密主義や過度の集権化により政策の致命的な誤謬に陥りやすいため、以上の結果は専制体制にとって短期の脅威を指し示している。民主国家では不満を持つ市民は組織して投票できるが、専制国家では不満は大規模なデモの勃発に至るまで鬱積し、それは体制の存続を危うくする可能性がある。
  • 文化も専制主義と民主主義の政府支持の違いにつながっている。サーベイでは、紛争回避、権威への服従個人主義よりも集団への忠誠を重視、といった伝統的な社会的価値観を測る9項目の質問を行った。さらに、言論・集会の自由、司法の独立、権力分立といった自由民主主義の中心的な原則への支持を測る7項目の質問も行った。
  • 2ヶ国を除き、民主か専制かにかかわらず、伝統的価値観を肯定する人は自国政権の正統性を認める傾向にあった。同様に、自由民主主義の価値観を肯定することと、自国政府に批判的であることには統計的に有意な関係があった。
  • 実績と文化が組み合わさって政権の正統性を生み出していることは、専制政権にとって長期的なジレンマを指し示している。高い実績を残すために、民主、専制ともに現代化を促進する政策を追求することになる。しかし、定義により、そうした政策は伝統的価値観と衝突することになる。現代化を急速に進めた国で、特に若者、教育程度の高い者、都市の市民で自由民主主義的な価値観が急速に広まったのはそれが理由。
  • また、自由民主主義的な価値観や政府への批判は民主政治に組み込まれているが、専制体制にとっては別の体制の希求と結び付いていることから脅威となる。
  • サーベイでは、専制支配の別の3形態を提示し、どれかを容認するかを尋ねた。専制、民主両体制下のリベラルな市民は3つの選択肢とも否定した。一方、自由民主主義的な価値観を信じる市民は自由民主主義的な特長を政府に求めた。
  • 専制体制は、中国のように、若者や教育ある市民に国の伝統や実績への誇りを植え付けて、民主的価値観の浸透を遅らせることもできる。しかしそれらの人々は同時に、個性を主張し、人権や財産権を守り、外の世界をより多く学ぶようになっている。彼らは法の支配を順守する説明責任のある政府を求めている。
  • 専制政権が社会を現代化するという使命を成功すると、自由民主主義的な価値観が伝統的な価値観に取って代わり、専制支配に不満を持つ市民が多くなる。従って、最も成果を上げる専制政権は、自らの墓を徐々に掘っていることになる。

さすがに現下の情勢に鑑みて楽観的過ぎる見方かな、という気がするが、一方でNathanはこちらのインタビュー記事で「今や中国の権力構造は極めて強固で体制は揺らぐ気配がない」とも述べており、真意はいずこ、という気もする。