ジョブギャランティ計画が上手く行かない理由

ジョブギャランティを巡る議論がこのところ米国で活発化している。サンダース議員夫人が設立したサンダース研究所のブログで「Report: A Path to Full Employment」と題したブログエントリが4月に上げられた*1ほか、サンダース自身が近々ジョブギャランティ政策を発表すると報じられた。サンダース以外の民主党上院議員では、(2020年大統領選への出馬が取り沙汰される)Kirsten Gillibrandと、Cory Bookerが、それぞれ3月と4月にジョブギャランティ政策への支持を表明した。また、ジョブギャランティに関する新たな論文も出ている(Russell Sage Foundation Journal of the Social Sciences2月号Center on Budget and Policy Prioritiesの3/9付け論文)。


そうした状況を受け、Tim Taylorが、提案されているジョブギャランティ政策を紹介した上で、同政策に対する幾つかの疑念を示している(H/T クリス・ディロー)。

  • 中央政府による職の保証がそれほど素晴らしい考えならば、なぜ欧州の社会民主主義国で既にずっと以前に実施されていないのか?
    • ケビン・ドラムは、以下の理由を挙げている
      • 多額の費用が掛かる
      • 民間の労働市場を大きく混乱させる
      • ほぼ間違いなく生産性を下げる
      • この計画で雇用される何百万という労働者に、職を遂行する能力が完全に備わるとは到底考え難い
  • 政府のマネージメント能力の問題
    • Economic Policy InstituteのJosh Bivinsは、政府に1100万人の労働者を監督する能力は無い、と述べている。その人数は公立の幼・小・中・高の教師の3倍にあたり、しかも教師のように同じ使命を共有しているわけでもなく、皆が高等教育を受けているわけでもない。また、不況になればその数は18か月で倍に膨れ上がるが、それはウォルマートの世界の雇用者数の10倍以上に相当する。
  • 仕事の技能のミスマッチ問題
    • 建設、および介護や保育はプロに任せるべき仕事であり、この計画で雇った人材を安易に投入することはできない。
  • 地域的なミスマッチ問題
    • 現在提案されている連邦政府のジョブギャランティ計画は、労働者の引っ越しを想定していない。即ち、各労働者の近くに職が創出されると想定している。しかし、各種厚生付きの時給15ドルの仕事というのは、大都市では大したことがないように思われても、地方では所によっては最高給の仕事となり、既存の民間の雇用者に大きな悪影響を及ぼす。
  • 現行の労働者の解雇問題
    • 提唱者は、民間部門も、政府の職に負けないように賃金や厚生を上げざるを得なくなる、と言う。しかし、多くの経営者は、賃金上昇に見合わない労働者を皆解雇してしまうのではないか? ジョブギャランティ計画によって雇用に関する企業の社会的責任というものが無くなれば、そうした解雇にも抗議しにくくなる。
  • 組合問題
    • 提唱者は労働組合についてほぼ言及していない。暗黙裡の仮定として、この政策計画は、労働組合で組織化された仕事とは一切競合しない、というのが一つの解釈だが、それはナイーブに過ぎるだろう。単に組合の反対を恐れて口を閉ざしているか、もしくは計画で雇用された労働者は皆組合に入ることを暗黙裡に仮定しているのであろう。
  • 労働者のインセンティブと規律の問題
    • 解雇ができず、職場に一定時間いれば賃金が保証される、という制度の中で、どうやって労働者のインセンティブと規律を保つか、という問題。管理者のスタンスの違いによって、各職場の結果がまちまちになるのではないか。
  • 既存の貧困対策との兼ね合い
    • この計画が実現すれば、既存の貧困対策計画への削減圧力が高まるだろう。提唱者は、連邦が保証する職に就く、というオプションが、すぐに法的な義務と化すことを想定しているのではないか。
  • 財政費用の問題
    • 提唱者は費用を数千億ドルと見積もっているが、提唱者が費用を過小評価するのは世の常。また、年間およそ一千億ドルのトランプ減税を米政府は賄えない、と主張する人が、この計画は賄えない、と言わないのは矛盾。

最後にTaylorは、確かに米政府は、失業給付などの「消極的な労働市場政策」に留まらず「積極的な労働市場」をもっと行うべきではあるが、ジョブギャランティよりも遥かにまともな政策の選択肢はまだある(Taylorブログでもこれまでそうした政策を取り上げてきている)、と述べている。

*1:内容は「Public Service Employoment: A Path to Full Employment」というレポートを書いたポストケインジアンの経済学者たちによる同レポートの概要説明。