あるマルクス経済学者の技術ショック擁護論

クリス・ディローが、本ブログの17日エントリで取り上げたローマーのマクロ経済学批判と、21日エントリで取り上げたサイモン・レンールイスのブログエントリについて以下のように書いている

In his attack (pdf) upon macroeconomic theory, Paul Romer is especially critical of the real business cycle view that recessions are caused by negative technology shocks. He calls them “phlogiston shocks” and says:

there is no microeconomic evidence for the negative phlogiston shocks that the model invokes nor any sensible theoretical interpretation of what a negative phlogiston shock would mean.

Simon accuses him of attacking a straw man, saying that “the insistence on productivity shocks as business cycle drivers is pretty dated.” And the standard undergraduate textbook, Carlin and Soskice’s Macroeconomics, says RBC theory “is not the mainstream view.”
(拙訳)
マクロ経済学理論への攻撃でポール・ローマーは、特に景気後退は負の技術ショックによって引き起こされるというリアルビジネスサイクル的見解について批判的である。彼はそれを「フロギストンショック」と呼び、以下のように書いている。

RBCモデルが持ち出す負のフロギストンショックに関するミクロ経済学的な証拠は存在せず、負のフロギストンが何を意味するのかについての理に適った理論的解釈も存在しない。

サイモンは、ローマーの言説を藁人形論法と非難し、「景気循環の駆動要因として生産性ショックにこだわっているという論議はかなり時代遅れ」と述べている。そして標準的な学部生向け教科書であるカーリンとソスキスの「マクロ経済学」には、RBC理論は「主流派の見解ではない」と書かれている。

その上で以下のように書いている。

Looking through a macro prism, such scepticism is reasonable. How can people forget how to do things? Yes, there can be intellectual regress (which is what Romer alleges of DSGE models!) but surely not at the frequency of business cycles.
However, if we ditch representative agent thinking and think instead of firms as being inherently heterogenous, the notion of a negative technology shock seems more reasonable.
(拙訳)
マクロ経済学の観点からすると、そうした懐疑論は妥当である。人々が物事のやり方を忘れてしまうなどということがどうしてあり得る? 確かに知的退化はあるだろうが(ローマーはまさにDSGEがそうだと告発している!)、それが景気循環の頻度で起きることは間違いなく無いだろう。
だが、もし代表的個人という考え方を捨てて、代わりに企業は本質的に非斉整的なものだという考え方に立てば、負の技術ショックという概念はより合理的なものに見えてくる。


そうした考え方を支える論点として、ディローは以下を挙げている。

  • 大きなマクロ経済的変動は1つか2つの大企業の破綻で生じ得るというXavier Gabaixの指摘
  • 企業が重要なハブとなっており、その企業の問題が供給者や顧客に波及する場合は特にそう。アセモグルが示したように、企業レベルのショックを経済全体に伝達(もしくは緩和)する上でネットワークは極めて重要*1
  • 金融危機における銀行については特にこのことが当てはまるだろう。
  • ただし、企業レベルのショックの重要性を示す事例は2008-09年に限られない。ポール・ゲロスキとポール・グレッグは著書*2で、1989-91年の景気後退では僅か10%の企業が雇用の低下の85%に寄与していた、と推計している。それは技術ショックのせいではないかもしれないが、企業の非斉整性が重要だという証左になっている。

そして、以下のように自分の考えをまとめている。

  • 景気後退がいつでもどこでも技術的現象だと言うつもりはないが、時には技術ショックによって起きるのだとすると、その場合にはマクロ経済政策で防ぐことができないかもしれない。経済学者が景気後退を一貫して予測できないのは(そのことを証明するものではないが)そのことと整合的である。
  • 経済学者は、代表的個人や均衡景気循環というお湯を流す際に、技術ショックの可能性という赤ん坊を一緒に流すことの無いよう注意して頂きたい。


コメント欄では、ノキアの興亡とそれがフィンランド経済に与えた影響が技術ショックの例になっている、という指摘がなされている。その伝でいけば、デジタル技術の発展と日本の電機業界の興亡もそうした例になるのかもしれない。

*1:cf. このエントリの末尾でリンクした論文。

*2: