BISによるインフレの再定義(またもや)

プリンストン大教授で現在はBISの経済顧問兼調査研究責任者(Economic Adviser and Head of Research)を務めるヒュンソンシン(Hyun Song Shin)のフランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥングのインタビュー記事の英訳がBISのサイトに掲載されている(Economist's View経由のAntonio Fatas経由)。

Fatasは表題のブログ記事(原題は「BIS redefines inflation (again)」)でこのインタビュー内容を批判的にまとめているが、それはやや端折り過ぎの感もあるので、以下に小生なりにまとめてみる。

  • インフレというのは国内要因で決まる短期的な現象に留まらない。インフレはグローバルかつ長期的な要因にも影響される。
  • 現在のインフレ低下については、短期的には原油価格や他の商品価格の低下が影響しているが、長期的な要因としてグローバリゼーションと人口動態が重要な役割を果たしている。
    • グローバリゼーションについては、新興国経済が生産者として世界市場に参入し、供給ショックが起きた。
    • 人口動態については、経済学者によって異論を挟む人もいるだろうが、高齢化によって貯蓄が増加し、消費が減少する。日本が好例。
  • 短期的な需要不足が低インフレの主因と考えるならば、中銀の果たす役割はある。しかし、中銀が影響を及ぼすことのできない他の要因もインフレに影響する。経済の状態を無視して中銀がインフレ目標を達成しようとすると、金融システムに余計な歪みを導入し、それがむしろ有害、ということになりかねない。
  • 人々はデフレを大恐慌と結び付けて考えがちだが、大恐慌以外ではデフレスパイラルの実証例はあまり存在しない。大恐慌は特異な例であり、一般化することはできない。例えばスイスは過去数年に緩やかなデフレを経験しているが、経済の状況は悪くない。インフレがゼロまで低下すると経済は停滞する、というのは事実に反する。
  • 中銀のインフレ目標は、金融政策を体系的なものとする上で大きな成果を収めたが、インフレだけを目標と定めて副作用のある形でインフレを回復しようとすると問題が起きる。例えば米国や欧州が金融緩和策を取ってドルやユーロが減価すると、新興国経済などの外国はその減価した通貨での借り入れを増やす。しかしそれらの通貨が増価に転じると、借り入れていた新興国経済におけるプロジェクトは縮小ないし停止を余儀なくされ、経済成長率が低下し、世界経済の足を引っ張ることになる。
  • 米国の利上げなどの金融スタンスの変化は、磁極を動かすようなもの。それが動くと、それを指していたコンパスの針も一斉に動く。この場合のコンパスの針は、金融市場における価格、成長率、債務水準、といったものである。そのため、磁極を動かす影響は非常に大きく、世界的な各種の働きの再編成を引き起こす。
  • 商品価格の低下も、そうした世界的な再編成の表れ。それは多くの国にとっては減税と同様に需要を喚起するものだが、生産国にとってはマイナスのショックとなる。また、インフレを低く留める要因ともなる。ただ、金融規制と銀行監督がしっかりしていればさらなる混乱は避けられよう。
  • 金利は歪みをもたらすものとなり得る。それは、犬が尾を追い掛けるような形で、金利がさらに低下するリスクを増すという循環構造をもたらす。
  • 金利はいわば、スティーヴィー・スミス(Stevie Smith)の詩「手を振ってるんじゃない 溺れているんだ」*1のようなもの。標準的な経済の教科書では、低金利は経済を刺激する良いものであり、活気のサインとされている。しかし、経済の困難と低リターンのサインになっている、という可能性もある。低金利が長く続くと、保険会社の利益や年金基金の支払い能力を浸食し、それらの会社や基金は利回りを求めてさらなる長期資産を買い求め、金利をさらに低下させてしまう。欧州の実体経済はまともだが、金利は手を振っているというより溺れているのに近い状況にある。

*1:cf. ここ