昨日紹介したヘックマンのインタビューの最初の引用部の直後には、以下のようなやり取りがあった。
What about you? When rational expectations was sweeping economics, what was your reaction to it? I know you are primarily a micro guy, but what did you think?
What struck me was that we knew Keynesian theory was still alive in the banks and on Wall Street. Economists in those areas relied on Keynesian models to make short-run forecasts. It seemed strange to me that they would continue to do this if it had been theoretically proven that these models didn’t work.
(拙訳)
あなたはいかがですか? 合理的期待が経済学を席巻していた時、あなたはどう反応されたのでしょうか? あなたが基本的にミクロの人だということは存じていますが、当時のお考えをお聞かせください。
私が印象深く思ったのは、ケインズ理論が銀行やウォール街で依然として健在だということを我々は知っていた、という点です。その分野のエコノミストは短期予測を行う際にケインジアンモデルに頼っていました。もしそれらのモデルが機能しないと理論的に証明されたならば、彼らがそうし続けるのは変だ、と私は思いました。
これについてノアピニオン氏は、「ケインジアン」モデルは無条件予測については問題無いが、政策条件付き予測については問題あり、というのが標準的な回答になる、とこちらのエントリの追記で指摘している。とは言え、DSGEは政策条件付き予測について理論上は最善のモデルとなる、と謳っているのだから、ヘックマンの疑問は、なぜ金融業界でDSGEが使われていないのか、という同エントリの本文*1で展開されているノアピニオン氏のかねてからの疑問に通ずる、とも併せて指摘している。
一方、ロバート・ワルドマンは自ブログでこのノアピニオン氏のエントリにコメントし、優れた記事と誉めつつも、1970年代のマクロ経済学思想史に関する氏の記述について以下の4点の異議申し立てを行っている。
- 「ケインジアンの構造計量経済モデル(structural econometric modeling=SEM)は、FRBが金利を引き下げれば景気は良くなるはずと予言したが、有害無益なインフレを作り出しただけだった」というノアピニオン氏の記述は完全な誤り。
- ロバート・ルーカスは、一時的にFRBのインフレ目標を高めてはどうかというノアピニオン氏の提言に対し、「我々は(馬鹿げた)インフレを試した!それは(まったく)効かなかったのだ!」と叫んだというが、本当に試したのか?
- ケインズ主義者のインフレ主唱者の具体名や具体的な発言が引用されていないということは、藁人形ということではないか。
- 構造計量経済モデルをデータに合うように調整できる、というノアピニオン氏の記述について2点:
- ルーカスがルーカス批判論文で述べているように、彼の議論は独創的なものではまったくなく、構造計量経済モデルの開発者が開発時に既に展開したものだった。
- 実際にカネを賭けている人々がDSGEを使わないことには何の不思議も無い。DSGEが学界のマクロ経済学を乗っ取ったことこそが不思議(ワルドマン自身はその転換が起きた時ではなくその直後にこの世界に入った)。ノアピニオン氏がエントリで提示しているそれが起きた理由の説明候補は、有効なものではない。それらの説明が依拠している定型化された事実は誤っている。
*1:氏のブルームバーグコラムの転載。以前こちらで紹介したエントリをより一般向けに書き直したもの。