12/29エントリで紹介した景気循環の非対称性の問題について、EconospeakのKevin Quinnが簡単なモデルで考察を試みている。彼のモデルは概ね以下の通り。
独占的競争では、多くの同型の生産者は同一の需要関数に直面するものとする。
Pi/P = M/P - Qi
ここでPiはi番目の生産者の名目関数、Pは平均価格、Qiはi番目の生産者の生産数量、Mは貨幣供給量である。簡単のため、各生産者において変動費は存在せず、固定費のみ存在すると仮定する。従って、収益を最大化する最適相対価格、および生産数量はいずれもM/Pの半分である*1。従って、メニューコストが存在しない時、M/P=2となるように価格調整がなされる。仮にM/Pが2より小さいと、各生産者の最適相対価格は1より小さくなり、皆が価格を切り下げるため、M/Pは2に戻る。この時、各生産者には他の生産者と異なる価格付けをする動機は無い。
ここで、メニューコストを導入し、Mが半分になるケースと倍になるケースを考察する。
●Mが半分になるケース
メニューコストが0.25〜1の範囲内にある場合、誰も価格調整をしない均衡と、皆が価格調整をする均衡の2つの均衡が存在する。
- 第一の均衡
他の皆が価格を半減させた場合、実質貨幣供給は2で変わらない。自分も価格調整を行うと、MCをメニューコストとして、1-MCの利益が得られる。もし価格調整をしなければ、自分の相対価格は2となり、売り上げも利益も0となる。従って、皆が価格調整をするというのは、MCが1より小さければ、対称ナッシュ均衡である。
- 第二の均衡
他の皆が価格調整をしない場合、各々が切片1の需要曲線に直面する。価格調整をしない企業の相対価格は1で、売り上げはゼロである。価格調整をした企業の相対価格は1/2で、売り上げは1/2、利益は1/4-MCである。従って、メニューコストが1/4より大きい場合、価格調整がまったくなされないのもまた対称ナッシュ均衡となる。
後者の均衡は、デビッド・ローマーとローレンス・ボールの「Sticky prices as Coordination failure」の簡略版であり、Quinnはその論文を今回のエントリのベースにしたようである。実際には、協調の失敗の実証的証拠は数多くあるので、負の貨幣ショックについては、生産がゼロにまで落ち込まない粘着的価格均衡を得るということになろう、とQuinnは言う。
●Mが倍になるケース
他の皆が価格を倍にした場合、自分は切片2の需要曲線に直面する。自分も価格調整をすれば、利益は1-MCである。価格調整をしなければ、相対価格は1/2で売り上げは3/2となり、利益は3/4となる*2。従って、MCが1/4より大きい時には、他の皆が価格調整をした場合には誰も価格調整をしたがらないだろう。即ち、皆が価格調整を行うというのは対称ナッシュ均衡ではない。
他の皆が価格調整をしない場合、自分は切片4の需要曲線に直面する。自分が価格調整をすれば、相対価格は2、売り上げは2、利益は4-MCである。価格調整をしなければ、相対価格は1で売り上げは3となり、利益は3となる。従って、MCが1より小さい時には、他の皆が価格調整をしない場合には自分は価格調整をしたいと考えるだろう。即ち、粘着的価格もまた対称ナッシュ均衡ではない。
このケースでは、部分的な価格調整がなされる。即ち、チキンゲームにおいて、各々がある確率で価格調整を行う(ないしその確率に比例した分だけ部分的な価格調整を行う)混合戦略の対称ナッシュ均衡が得られる。Quinnは、これがカルボ妖精のミクロ的基礎付けの候補になるのではないか、と述べている。
以上から、負のショックについては粘着的価格、正のショックについては部分的価格調整(従って生産増加が抑えられる)、という非対称性が得られたわけだ。これはオールドケインジアンの逆L字型の総供給曲線に似ている――垂直部分が右上がりであることを除き――とQuinnは言う。
このエントリのコメント欄にはNick Roweが登場し、自分の以前のエントリ(本ブログではここで紹介した)と引き比べて、限界収入曲線の動きについて考察すると同時に、それが線形なので、貨幣の半減と倍増ではなく同額の上下方向の変化を比較すべきではないか、とコメントしている。