イエレンはフィリップス曲線を用いた政策を目指しているのか?

Stephen Williamsonが、バーナンキの後継者に擬せられるジャネット・イエレンの考えを、彼女の最近の講演を基に批判している。その批判のエッセンスは、ブログの本文よりむしろコメントでの応答にまとめられているので、以下にそれを引用してみる。

Yellen's speech makes it clear that she's aware of developments in macroeconomics since 1970. Theories of monetary nonneutrality typically give you a Phillips curve tradeoff. There is no problem with Yellen saying the tradeoff exists. The problem is that Yellen thinks that exploiting the tradeoff is a key part of monetary policymaking. Some theories say exploiting the Phillips curve gets you into big trouble. In Lucas's 72 model, we're worse off if the Fed exploits the tradeoff, and if it does so the tradeoff becomes worse - you have to sacrifice more inflation to get the same effect on output. But we don't take Lucas money surprises too seriously any more. But many people take New Keynesian models seriously. In some versions of those models, price stability is actually an optimal policy - you don't want to exploit the Phillips curve tradeoff, just as in Lucas's model. And, if New Keynesians allowed pricing decisions to be affected by changes in the policy regime (as they should), you would get changes in the slope of the Phillips curve with changes in the policy regime, just as in the Lucas model. Where Phillips curves really go haywire is when people think they can use the Phillips curve idea to forecast inflation. Output gaps, however measured, are of no use in forecasting inflation.
(拙訳)
イエレン講演は、彼女が1970年以降のマクロ経済学の発展について承知していることを明らかにしている*1。貨幣の非中立性の理論は、一般に、フィリップス曲線トレードオフをもたらす。トレードオフが存在する、とイエレンが言うことには問題は無い。問題なのは、このトレードオフを利用することが金融政策の核心だとイエレンが考えていることだ。フィリップス曲線を利用することが大いなる災いをもたらすと主張する理論は幾つかある。ルーカスの72年のモデルでは、FRBがそのトレードオフを利用すれば状況は悪化し、トレードオフも悪化する――生産について同じ効果を得るためにインフレをもっと犠牲にしなくてはならなくなる。だが、我々はもはやルーカスの予期しない貨幣の話をあまり真剣に受け止めてはいない。半面、ニューケインジアンモデルを真剣に受け止めている人は多くいる。そのモデルのあるバージョンでは、物価の安定こそが最適政策となる――ルーカスモデルにおけるのとまったく同様に、フィリップス曲線トレードオフを利用すべきではない、というのだ。そして、もしニューケインジアンが(本来そうあるべきように)価格の決定が政策レジームの変化に影響されることを許容するならば、ルーカスモデルにおけるのとまったく同様に、政策レジームの変化に伴ってフィリップス曲線の傾きも変化するだろう。フィリップス曲線が本当にどうしようもなくなるのは、人々がフィリップス曲線の考えを用いてインフレを予測できると考えた時だ。生産ギャップは、いかに測定しようとも、インフレを予測するには役に立たない。


これに対し元のコメンターは、次のように応じている。

Actually, I think there is a valid component in Yellen's remark. Bringing inflation down does require a sacrifice in GDP (and higher unemployment).

But there is a cryptic part about tolerating higher inflation to bring unemployment down to its natural rate. To the best of my knowledge, in New Keynesian models inflation tends to fall when unemployment rises above its natural rate so reducing the output gap should simply prevent inflation from falling below its target. I am not sure why it would actually push inflation up, above its target. I wonder what model Yellen has in mind.
(拙訳)
実際のところ、イエレンのコメントには正当な部分もあると思う。インフレの引き下げは確かにGDPの犠牲(および高い失業)を必要とする。
しかし、失業率を自然率まで引き下げるために高いインフレを許容しなければならない、という部分は意味が良く分からない。私の知る限り、ニューケインジアンモデルでは、失業率が自然率を超えて上昇すればインフレは下落するので、生産ギャップを縮小することは単にインフレが目標を下回ることを防ぐに過ぎない。イエレンがここでどんなモデルを念頭に置いているのか不明だ。


ちなみに、イエレンは講演の中で以下のように述べている。

Given that the rate of inflation over the longer run is determined solely by monetary policy, central banks can, and indeed must, determine the long-run level of inflation. In contrast, they cannot do much to affect the maximum sustainable level of employment. That level is determined by factors affecting the structure and dynamics of the labor market that are almost completely outside the control of the central bank.
(拙訳)
長期的なインフレ率が金融政策のみによって決定されることに鑑みると、中央銀行はインフレの長期的水準を決定することができ、また、実際に決定すべきである。その一方で、中央銀行は維持可能な最大雇用水準にはあまり影響を与えることはできない。その水準は労働市場の構造や動学に影響する要因によって決定され、そうした要因はほぼ完全に中央銀行の制御の範囲外にある。

この前段では2%の「インフレ目標」(inflation goal)を強調しているので、イエレンの念頭にあるのは、Williamsonの言うように失業率を下げるためにフィリップス曲線を利用するというよりは、2%のインフレと維持可能な最低の失業率の組み合わせをピンポイントで目指すことのように思われる。そして、そこからのずれが発生した場合の制御問題を論じているように見える。もちろん、維持可能な最低の失業率を見誤っていたらその制御は失敗に終わる運命にあるが、それはフィリップス曲線トレードオフを利用した結果としての状況の悪化とフィリップス曲線の傾きの変化とはまた別問題のように思われる。

*1:この一文は、ここでWilliamsonが応答した元のコメント「Stephen, are you saying that there is no dynamic tradeoff between inflation and unemployment, or that Yellen believes in the naive Phillips curve?」の後半部分に対応しているものと思われる。