バーナンキの背理法・ニューマネタリストの見方

Economist's View本石町日記さんが紹介しているように、Stephen Williamsonが改めて名目GDP目標への懐疑論表明している(以前の彼の懐疑論についてはこちらを参照)。それにサムナーが反論し、さらにそれにWilliamsonが反論したが、そのコメント欄で、いわゆるバーナンキ背理法(その用語自体は「和製英語」なのでもちろん使われていないが…)を巡るやり取りがあった。Williamsonのこのテーマに関する見解を知るのに良いので、以下にそのやり取りを訳出してみる。


JSR July 3, 2012 1:52 PM

2つばかり質問。

  1. もし量的緩和が(いかなる規模のものであれ)物価を上昇させることは無いと思っておられるならば、FRBが(理論上は)15兆ドル規模の米国の債務をすべて買い戻せるということでしょうか? そうなると、FRBは、インフレを一切もたらすこと無しに、買い戻した債務を現金と引き換えに財務省に売却できることになりませんか? それは現実的とは思われませんが、でももしそうならば、それは良い政策ではありませんか?
  2. もし上記の政策がインフレ期待の上昇につながると貴兄が思われるならば、それは、量的緩和政策は期待チャンネルを通じて目的を達成するということを含意することになりませんか?

Stephen Williamson July 3, 2012 2:01 PM

連邦政府の残存債務をFRBの準備預金に転換するということだね? それが何か違いをもたらすとどうして思うのかな?

JSR July 3, 2012 5:12 PM

私が言いたいのは、貴兄の主張がそれが何も違いをもたらさないということならば、その主張は、大規模な量的緩和政策を強く支持することになる、ということです。我々は連邦債務を、インフレという副作用無しに消し去ることができることになります。それが貴兄のモデルの意味するところですか?

Max July 3, 2012 5:17 PM

JSR、量的緩和は公的債務を「消し去る」ことは無いですよ。それは債務の償還期限を変えますが、量は変えません。
それに、戦術的観点から言えば、今は長期債をもっと多く売るのに適した時期です。もっと少なく、ではなくてね!*1

Stephen Williamson July 3, 2012 6:02 PM

Maxの返事の最初の二つの文に同意。最後の文はジョン・コクランも指摘した点だね。米国について言えば、民間部門が政府債務を仲介する能力を考えれば、その点は余り重要な話では無い、と私は思う。

JSR July 4, 2012 3:19 AM

私の説明が足りなかったのかな。私が挙げた例というのは

  1. FRBがすべての米国債務を買い上げる(ないし、事実上それと同じ、というところまで買い上げる)
  2. 財務省が印刷した貨幣でFRBからその債務を買う
  3. 財務省が債務を破り捨てる

これが公的債務を「消し去る」ことにならないとはどういうことですか? 事実上、債務を吸収してマネタイズしているのですが。

Stephen Williamson July 4, 2012 7:29 AM

いや、君の説明は十分だ。我々は君の言っていることを理解している。君が我々の言うことを理解しておらんのだ。中央銀行と財政当局を一体として考えるのが役に立つだろう。財政当局がこの統合政府の民間部門への純債務を決定し、中央銀行は、その統合政府債務の内容構成を変更する資産スワップを実施することができる。中央銀行は統合政府の純債務自体を変更することはできない。貨幣と準備預金はこの純債務の内訳に過ぎない。その二つは統合政府の負債であり、それが故にFRBのバランスシートにも負債として現われるのだ。債務を「マネタイズ」したところで、民間部門への純債務自体を変えることにはならない。

"O" Anonimo July 5, 2012 5:53 AM

でもそれが成立するのは公的債務とベースマネーが完全な代替になっている時だけですが、実際にはそうではありません。

JSR July 5, 2012 6:24 AM

ご説明ありがとうございます。貴兄の主張がより理解できたと思います。しかしそれによって新たな疑問が出てきましたので、時間があればお答えいただければ幸いです。
準備預金と国債が完全代替になっているという貴兄の主張は、現在銀行が超過準備を保持している、という事実を前提としているように思われます。景気回復が十分に進展した暁には、その超過準備が別の用途に振り向けられ、インフレが高まるとお考えでしょうか? もしそうならば、そのことはやはり、準備預金を今増やすことが将来のインフレ期待に影響することを含意することになりませんか?*2


(・・・この間に別のコメンターのコメントが幾つかあったが、Williamsonが反応しなかったので省略)

Stephen Williamson July 5, 2012 1:09 PM

準備預金と国債が完全代替になっているという貴兄の主張は、現在銀行が超過準備を保持している、という事実を前提としているように思われます。

まさにその通り。

景気回復が十分に進展した暁には、その超過準備が別の用途に振り向けられ、インフレが高まるとお考えでしょうか?

エス。景気回復の過程では銀行にとって他の資産の方が必然的に魅力的になる。もし準備預金への付利が上昇しなければ、残された唯一の調整経路は物価であり、上昇は避けられない。

もしそうならば、そのことはやはり、準備預金を今増やすことが将来のインフレ期待に影響することを含意することになりませんか?*3

私の考えでは、超過準備がゼロになり危機前の金融レジームに戻る期日を遅らせる限りにおいてのみ、そうだ。

JSR July 5, 2012 1:47 PM

ありがとうございます。貴兄の立場は、量的緩和政策が将来のインフレの上昇をもたらす可能性を許容している、と受け止めました。ただ、その上昇の程度は小さいとお考えのようですが。論理を完結させたいので、最後に幾つか質問させてください。
将来のインフレ上昇の程度は量的緩和の規模と連動するとお考えですか? つまり、FRBが非常に大規模(数兆ドル規模?)の量的緩和政策を打つことによって、将来の比較的小さな価格上昇を後押しできますでしょうか? また、将来のインフレ期待が高まることは、今日の物価水準に影響がある、とお考えでしょうか?


(・・・このJSRへのWilliamsonの回答は[今のところ]無し)



このJSRの最後の質問への無回答に表れているように、Williamsonは、期待という経路をさほど重視していないように思われる。そのことは、このブログエントリ本文の冒頭の段落からも伺える。

I've discussed at length why I think QE is irrelevant under the current circumstances, most recently here. If the Fed could tax reserves, that would certainly matter, as Sumner points out, but that's not permitted in the United States, and so is not a practical option. Sumner has no special claim to be rooted in the "real world" here. I'm looking at the same real world he is. However, I think I'm more willing to think about the available theory. Apparently he doesn't think that's useful. The key problem under the current circumstances is that you can't just announce an arbitrary NGDP target and hit it with wishful thinking. The Fed needs some tools, and in spite of what Ben Bernanke says, it doesn't have them.
(拙訳)
私はこれまで、量的緩和が現在の環境下で無効であると考える理由を縷々説明してきた。直近はここだ。もしFRBが準備預金に課税できるならば、それはサムナーの指摘する通り確かに効果をもたらすだろうが*4、それは米国では許されておらず、従って現実的な選択肢では無い。「現実世界」に根差している、というのは別にサムナーの専売特許では無い*5。私も彼と同じ「現実世界」を見据えている。しかし、私は利用可能な理論について考える方を好む。彼はそれが有用だとは思っていないようだ。現在の環境で重要な問題は、適当な名目GDP目標を宣言して、それを達成できるという希望的観測を持つ、というわけには行かない、ということだ。FRBは目標達成の手段を必要とするが、ベン・バーナンキが何を言おうとも、彼らはそうした手段を持ち合わせていない。

コメント欄でもWilliamsonは、この点に関し期待という経路について問うたコメンターに対し「FRBは自分が実際にコントロールできることについてのみ約束できる(The Fed can only make promises about things it can actually control)」と応じたほか、貨幣を刷れば、まだ保有していない世界の資産を買えるではないか、と問うたコメンターに対しては「だからと言って何か起こるわけではない(That doesn't mean anything happens as a result)」と応じている。


Williamsonのそうした姿勢については、サムナーの更なる応答エントリのコメント欄で、あるコメンターが以下のように評している。

Williamson is the ulimate “Person of the Concrete Steppes” as Nick Rowe would say. I find his focus on the mechanics of monetary policy and his complete lack of focus on expectations to be baffling.
(拙訳)
WilliamsonはNick Roweが言うところの「きっちり段階を踏まないと気が済まない人たち」の究極だ*6。彼が金融政策のメカニズムに焦点を当てる半面、期待にまったく焦点を当てないのは驚くばかりだ。


期待という経路を軽視するという点でWilliamsonは、そうした効果を「オカルト」(cf. ここの注記)、「理力、フォース、宗教、神通力、気合い、念力」(cf. ここ)、「サイキック」(cf. ここ)と見做す日本の経済学者や金融関係者と共通していると言えるかもしれない。

*1:cf. ここで紹介したサマーズの主張。

*2:cf. ここで紹介したデロングの主張。

*3:原文ではJSRの「景気回復が十分に進展した暁には、その超過準備が別の用途に振り向けられ、インフレが高まるとお考えでしょうか?」という文を再度引用しているが、ここでは、次の文の引用するつもりで誤ったものと見做した。

*4:cf. ここ

*5:これはサムナーが「I’m sure there are lots of models where QE doesn’t work, but in the real world is(itのtypo?) does work.」と書いたのを受けたように思われる。

*6:Roweの該当エントリはここ。最近のエントリではこちらも参照。