流動性の罠にはゼロ金利は関係無い・再訪・続き

昨日紹介したクルーグマンとワルドマンの議論はその後も続き、1/17付けでクルーグマンがワルドマンへの再々反論のエントリを立てた。そこでクルーグマンは、準備預金への付利は、FRBが非ゼロ金利時に総需要に大きな影響を及ぼす力を有しているという事実も、政府債務で賄う財政赤字と貨幣発行で賄う財政赤字には大きな違いがあるという事実も変えはしない、と述べている。


ちなみに、同エントリでクルーグマンがリンクしているように、FT Alphavilleのイザベラ・カミンスカもこの議論に注目し、1/16付けでまとめエントリを立てている。カミンスカがこれに注目したのは、本ブログでも昨年9/13エントリで紹介したように、準備預金への付利を撤廃すると金融市場に混乱が起きる、というのがFT Alphavilleのかねてからの立場だからである*1


一方、ワルドマンの1/15エントリのコメント欄にRebelEconomistが姿を見せ、君たちは何をくだらないことで騒いでいるのかね、米国人も少しは他国の事例に学びたまえ、と自分の以前のブログエントリにリンクしている。そこでは、英国での準備預金への付利の導入の影響について以下のように解説している:

Prior to the change in regime on May 18th 2006, banks' current account balances at the BoE were normally much less than £1bn. When the BoE began to pay interest on reserves at their policy repo rate, banks' current account balances increased to around £20bn almost immediately – the BoE simply bought more repo debt in its OMOs, on which it charged its repo rate, to accommodate the notified increase in demand for reserves remunerated at the same rate. Since the increase in the stock of reserves was equal to about half the value of the stock of sterling currency in circulation at the time, the "velocity" of base money (essentially the number of times in a year that the money stock would need to change hands to sell annual economic output at prevailing prices) fell by a third, yet the regime change had no noticeable effect on inflation or real output. Analysts accustomed to using base money growth to assess the monetary discipline of a central bank, assuming that the ability to freely switch from reserves to banknotes and vice versa makes them macroeconomically indistinguishable, need to revise their approach when interest is paid on reserves.
(拙訳)
2006年の5月18日の制度変更前は、銀行のイングランド銀行当座預金残高は10億ポンドに満たないのが普通だった。イングランド銀行が政策レポ金利で準備預金に金利を支払い始めると、ほぼ一夜にして銀行の当座預金残高は約200億ポンドにまで増加した。イングランド銀行は、単に公開市場操作でのレポ債務の買い入れ額を増やすことにより、そのレポ債務に課せられるのと同じ金利で対価が支払われるようになった準備預金への顕著な需要の増大に対応した。準備残高の増加額は、当時流通していた英国の通貨残高のおよそ半分に達したため、ベースマネーの「流通速度」(基本的に、年間の経済産出量が実勢価格で売却される際に貨幣残高が年間に取引されるべき回数)は1/3低下した。しかし、制度変更はインフレや実質生産に何ら注目すべき影響を与えなかった。準備預金から銀行券、もしくはその逆方向の交換が自由にできることから両者の間にマクロ経済学的な区別は存在しないという前提の下にベースマネーの伸び率を用いて中央銀行の金融政策の規律を評価することに慣れていたアナリストたちは、自分たちの手法を見直さなくてはならなくなった。


確かに米国でも日本でも準備預金への付利の導入はゼロ金利時代に入ってからだったため、準備預金への付利が通常時に経済に与える影響は未知の世界である。その点で、危機前に導入した英国には一日の長があると言えるかもしれない。



(追記)サムナーベックワースもこの議論を取り上げたが、ベックワースのエントリはvoxwatcherさん訳されている

*1:9/13エントリで紹介したのはFT Alphavilleのカーディフ・ガルシア(Cardiff Garcia)の主張に纏わる議論であったが、ガルシアはその1年前のカミンスカのエントリを自らの主張の一つの拠り所としている。